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学部長の教科書⑫ リーダーシップ編 第6ステップ 短期的成果を上げるための計画策定−初年次教育改革案その2

学部長は、短期間に成果を出す必要があり、そのためには初年次教育改革が有効だという話の続きです。前回の記事で、①基礎ゼミと他の科目の連続実施、②ジェネリックスキル育成を到達目標として設定、③教員のチームビルディング、というところまで説明しました。続けます。

④ コマのユニット化を基本としたシラバスの作成

基礎ゼミナールにとって、授業設計は「命」です。高校生から大学生になりたての新入生にとっては、「どのような流れの中で、この課題に取り組んでいるのか?」が明確であることは重要です。そのためにも、1回目から最終回まで、明確な流れの授業設計が求められるのです。

授業の流れを明確にするためには、授業内容を1コマ1コマで完結させるのではなく、4〜5コマを1つの「ユニット(まとまり)」とし、複数のユニットを組み合わせて年間スケジュールをたてるとよいでしょう。

以下の図は、私が関わっていた基礎ゼミナールの授業設計例です。1回目のオリエンテーションと15回目のふりかえりを除くと、半期の授業が3つのユニットで構成されていることがわかります。このようにコマをユニット化し、ユニットごとのテーマを明確にすることで、授業の流れが見えやすくなります。

基礎ゼミナールの授業設計例(筆者作成)

また、このような「コマのユニット化」を行うと、授業が90分1コマ完結型ではなく、ユニット完結型の設計になっていきます。例えば、情報収集→情報分析→仮説立案→解決策の構想→表現といった知識活用のプロセスをたどる授業は、複数回をまたぐ授業でなければできないでしょう。一連のプロセスをすべてのユニットに組み込めば、それは「フォーマット(形式、パターン)」になります。共通のフォーマットで構成されるユニットを何回も繰り返すことは、学生にとっては学びの道筋がはっきりと見えるだけでなく、くり返し学ぶことで、スキルがより深く身につくようになるはずです。

なお、「コマのユニット化」と、次に述べる「教員協働による共通教材・授業シナリオ作成」の詳細については、以下の文献をご参照ください。

  • 成田秀夫他著『大学生の日本語リテラシーをいかに高めるか (大学の授業をデザインする)』ひつじ書房,2014年

  • 成田秀夫・山本啓一「初年次教育としてのライティング科目」『進化する初年次教育(初年次教育学会10周年記念論集)』世界思想社,2018年。

⑤ 教員協働による共通教材・授業シナリオ作成

基礎ゼミナールの教材は、担当教員が協働でオリジナル教材を作成するのがよいと私は考えます。学生の興味関心を引く内容をもとに、自学部のDPに到達させるための第1歩である初年次科目は、市販の教材を使ったり、誰かが過去に作った教材を使い回すのではなく、オリジナル教材が最もよいのです。

オリジナル教材は、ユニットごとに教員で分担して作成するのがよいでしょう。上の図で説明すると、3ユニットを、教員が3つのチームに分かれて作成するのです。担当教員が5〜6名であれば、1ユニットごとに2名ずつ、それより多くなれば3名というように、教員が単独ではなくチームで取組むようにします。

もちろん、オリジナル教材を作るというのはハードルが高そうに思えます。ただし、フォーマットが共通化されていれば、第2ユニット担当者は第1ユニットを参照することができます。流れが決まっていれば、オリジナル教材を作ることはそこまで高いハードルではなくなります。また、他の教員と相談しながら作ることで、心理的なハードルはさらに下がります。

とはいえ、教材作成にはそれなりの負担や労力が必要になることも確かです。しかし、自分が担当となったユニットを全力で作れば、他のユニットは他の教員ががんばって作ってくれます。つまり、「明日のゼミでは何をしよう」という悩みからは開放されます。また、一度教材を作ってしまえば、翌年からは小改訂ですみます。次第に、教員の負担はかなり楽になっていくのです。

教材作成については、春休みに丸1日かけて、翌年の担当教員全員が集まり、SAも一緒になって次年度の授業設計のワークショップを行うのがよいでしょう。まずは、前年度のふりかえりをもとに改善点を出し合います。続いて、ユニットのアイディアを出し合い、ユニットの順番を決めます。そのうえで、前年度の小改訂で済ませるユニット、全く新しく作成するユニットなどを決め、ユニットの担当者を決めていきます。ユニット教材をどのように作成すればよいかについても、ノウハウの交換などもしておきます(実際の教材作成は授業進行とほぼ同時に行われるでしょう。最初の1年は「泥縄」になることは覚悟しておきましょう)。

共通教材には、授業で使うテキストやワークシートだけでなく、教員用の「授業進行案(シナリオ)」も必要です。90分間の中でどのように指示を出し、教材を使っていくかというナビゲーションがあることで、どの教員も同じ授業を実施することができるようになるからです。もちろん、細かい味付けは個々の教員次第ですが、大きな流れは教材作成担当者がシナリオとして作っておきます。

以下に、本学の教員が作成した授業進行案をサンプルとして示しておきます。これはコロナ禍の中で、多くの教員が初めて使うMicrosoft Teamsをどのように使ってオンライン授業を進めるかというマニュアル的な内容も含んでいる優れた授業進行案です。ちなみに、この授業進行案があったおかげで、我々担当教員は、基礎ゼミナールをTeamsを使ってオンラインで実施することに一人も脱落することなく円滑に実施できました。詳細については、ぜひ出典をご確認ください。

出典:山本啓一(2020)「コロナ禍におけるリスクマネジメント〜北陸大学の事例」『大学マネジメント』Vol.16, No.8

こうして誕生した「教員協働のオリジナル教材」とは、基礎ゼミナール担当教員の「コンセンサス」そのものです。「どんな学生に対して、どのような内容を、どのような方法で実施し、どのような能力を身につけさせ、それをどう評価するか」ということに関するコンセンサスが、授業改善を通じて学部内の教員に共有されることは、学部変革の上で大きな一歩になります。

共通教材を用いた基礎ゼミを担当するようになると、最初は改革に多少懐疑的だった教員であっても、授業の成果として学生の成長を実感できると、賛成派に変わっていくことが多いと感じています。さらには、教員同士の関係も変わります。他の教員も使う授業教材を分担して作成することで、教員協働のメリットを実感できるようになります。教員同士のコミュニケーションも増加します。1学期が終わる頃には教員間の関係性や雰囲気は大きく変わることでしょう。これが短期的成果の1つなのです。

また、一度このような仕組みができてしまえば、その後かなり長く維持されるでしょう。私が前任校で10年以上前に導入した初年次ゼミナール科目の仕組みは、いまだに変わっていません。現在の大学でも6年前に導入した仕組みがずっと続いています。最初の導入に苦労したとしても、この仕組みが学部に根付けば、学部長が変わっても継続されていく可能性が高いのです。

⑥ SA(Student Assistant)制度の導入とSAのチームビルディング

私は、今から20年ほど前、前任校の九州国際大学法学部に着任して4年目の頃に、新入生合宿研修を座学中心からチームビルディングプログラム中心に、大きく転換させることに取組んだことがあります。これが私が手掛けたSA(Student Assistant)制度の始まりです。

その時には、上級生にファシリテーターになってもらい、合宿研修の時に、クラス単位の新入生にチームビルディングを行ってもらいました。北陸大学経済経営学部でも、まずはSAにチームビルディングのノウハウを身につけてもらうところから始めました。最近、他大学でも同内容の導入を支援したこともあります。

もちろん、新しくSA制度を導入することは、そう簡単ではありません。まずはSAのアルバイト代を予算として確保する必要があります。前回説明したような2コマ連続方式だと、SA1名あたり毎週180分(3時間)として、約3000円のアルバイト代が発生します。年間30回なので合計約9万円です。10クラスあれば90万円が発生します。さらに春休みの研修や練習などにも若干報酬を払うとなると、費用はもう少し上乗せされるでしょう。

こんな予算確保は学部長だけでできるものではありません。学部事務室や教務課などの職員の協力が欠かせません。また、SAが基礎ゼミナールに参加できるようになるためには、基礎ゼミナールと同時間に上級生の必修科目が置かないなど、時間割編成の工夫も必要です。学部でSA制度を導入するには、教職協働体制が不可欠なのです。

SA導入の成果はすぐに表れます。一般的に、上級生のほうが教員よりも1年生と距離が近く、教員が言えばお説教になることが、先輩が言えば親身なアドバイスとして受け取られることは多々あります。もちろん、SAは1年生よりもはるかにしっかりしています。発表やプレゼンテーションのデモンストレーションを行ってもらうと、1年生にとっては目指すべき目標が明確になります。そのうち自分もSAになってみたいと思う学生も少なからず出てくることでしょう。

また、SAによって大きく変わるのは教員です。学生がSAとして一生懸命努力している姿を間近でみれば、「うちの学生は素晴らしい」と心から思う教員は増えるはずです。特に新任の教員にとっては、SAはとても頼りになる存在です。

ただし、SAの募集はそう簡単ではありません。アルバイト代としてみれば、年間9万円しか得られず、しかもかなり重い負担が要求されるSAに自分から手をあげようという学生はさほど多くないはずです。まずは教員からSAになってくれないかと声をかけて回る必要があるでしょう。

そのうえで、SAにはどのような学生になってもらうことが望ましいでしょうか? 私は優等生以外の学生もSAとして積極的に採用すべきだと考えています。私自身、ちょっと頼りないとか、ちょっとチャラチャラしているといった学生も、SAの経験を通じて大きく成長してきた例をたくさん見ています。したがって、優秀な学生にSAになってもらうという考え方よりも、SAとして手を上げてくれた学生を育成するプログラムを用意する方がよいでしょう。

前任校では、SAや教員のチームビルディング研修を春休みに実施していました。SA同士および教員との一体感を作ることは大切だからです。チームビルディング研修については、全国各地の少年自然の家などでプログラムを実施しているところも多く、そうした外部施設を利用できるととてもよいでしょう。

チームビルディング研修では、SAのチームビルディングだけでなく、SA自身がチームビルディングを行うファシリテーターになってもらうためのプログラムにします。基礎ゼミナールのSAは、授業の単なる補助的なアシスタントというよりも、1年生同士の人間関係を促進させるファシリテーターとしての役割も担ってもらいたいからです。そのためにも、チームビルディングの手法をSAに身につけてもらい、それを新入生オリエンテーションの時間などに実施してもらうのです。

このように、SAは学部の変革を担う大きなステイクホルダーです。かつて初年次教育の改革の雄として名を馳せた大学に嘉悦大学があります。当時、学長だった故加藤寛先生は、「学生が変われば教員も変わる。大学改革は学生から」と強調されていました。学生の成長を見せ、学生と教員との協働体制をつくると、教員は自然に変わっていくことが多いように私も実感しています。

⑦ SAを巻き込んだ授業設計

以上の仕組みが動き出すと、次にSAに授業を担当してもらうことに踏み込むことができます。授業ユニットがフォーマット化され、90分をどう展開するかという「授業進行案(シナリオ)」があれば、TA(Teaching Assistant)に求められるような専門知識やスキルがなくとも、学部生であるSAが授業の一部を担うことができるようになります。

⑤で述べた「授業進行案」をSAと共有すれば、90分の授業をどう進めればよいかのイメージもSAと共有できます。そうすると、学生への指示出しやアドバイスをSAができるようになるのです。2年目以降は、SA自身が1年生の時に体験したプログラムでもあるため、より一層SAの関与を高めることができます。

このような、授業の一部をSAに担当してもらうという発想は、私の中には長年ありませんでした。ところが、北陸大学である先生が「事前にSAと授業進行案を共有して任せてみたら、授業の一部をSAが立派に担当できました」と打ち合わせ会の中で報告するのを聞いて、私自身びっくりしたことを今でも覚えています。それ以降、SAに授業を任せるという方法は次第に他のゼミにも広がっていきました。

SAが授業の一部を担当するようになれば、1年生へのよい影響はさらに高まっていくでしょう。これはある意味、「教員が教えることを手放す」きっかけになっていくかもしれません。

またまた長くなってしまったので、いったんここで切ります。

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