松井大輔が引退した。

彼は決まってドリブラーだとか、ファンタジスタだとか形容される。
引退記事でもきっと杓子定規的にその冠をつけられるだろう。まぁ間違っていないのだが、少しそれは野暮にすら感じる。

僕は松井大輔ほど、本来の実力を出しきれなかった選手はいないのではないか、そう思っている。
もちろん彼の特徴でもある、見たことのない身体の動きから繰り出されるアクロバティックなパス、シュート。クネクネクネクネしながら踊るように抜いていくドリブル。それらは数多く披露された。

だがもっとできたのである。
いや、もっとできたと思わせてしまう魅力があったのだろう。
ある種の凄みというよりは、サッカーの可能性を見せてくれる選手であった。

つまり、彼はわずかなボタンのかけちがえ（良い意味の）で、サッカー界のレジェンド級、国民の記憶に残るプレイヤーになれたはずなのである。

だが、そのレベルまでにはなれなかった。
でもだからこそ、彼は42歳となった今日まで現役を続けてくれたのかもしれない。

そうポジティブに思えるほど、彼のサッカー人生はプレイスタイル同様華やかではなかったし、それは引退発表の際の顔の渋みに現れていた。

でも彼はそこに価値を見出さない。いつも気楽さを装い、自分から積極的にサッカー論を語らない。そんな人間性の魅力もある男なのだ。

思い返せば、僕は人生の約半分くらい、彼のファンである。僕が初めて見た松井大輔は9番をつけていた。たしかU20代表のときだったと思う。
9番でFWで松井という名前。勝手にパワータイプのヘディングが上手いストライカーだと思っていた。実際ヘディングでゴールを決めていた記憶もある。
だが別な日に見たとき、彼は10番をつけていて、「魅惑のファンタジスタ」というフレーズをつけられていた。実際、ライン際でヒールリフトをしていた記憶もある。
僕は度肝を抜かれた。人生で初めて見たヒールリフトはキャプテン翼でもなく、マラドーナでもなく、松井大輔だったのだ。

それから僕はずっと松井大輔を追いかけ続けた。

アテネ五輪。イタリア戦でゴールに迫って空振りしたときは、自分ごとのように落ち込んだ。
ドイツワールドカップ。選ばれなかったときは、ジーコが大嫌いになったし、代表のアンチになった。
南アフリカワールドカップ。オランダ戦、デンマーク戦、あと少しでゴールを決めれたのに外してしまう運のなさ。

そのように、松井大輔とファンとしての自分の歴史を思い返すと、悔しい思いばかりが思い起こされる。

そうなのである。そこにドリブラーだとか、ファンタジスタとしての彼はいないのだ。
そこが彼をずっと好きでい続けた理由でもあると思う。
そして、そのプレイスタイル以外の魅力として、彼の報われなさがあると思う。

彼の報われなさは、僕が松井大輔のファンであるというバイアスを抜きにしても、結構あることだと自信を持って言える。

さらに、その報われなさを助長していることとして、彼のこだわりの無さというところもある。
普通ファンタジスタと呼ばれる人は自分のこだわりを貫くものだ。
中村俊輔だって、小野伸二だって、その印象はあるだろう。
だが彼は違う。
ドラゴンボールでいうと、松井大輔の性格は孫悟空なのだ（主人公になれなかった孫悟空というのがまたつらいところではある）。

ファンタジスタの代名詞でもある10番、というこだわりを捨てて22番を自分の番号にする。

全盛期に、サイドバックでもいいから試合に出たいと発言する。

ワールドカップで、後半10分過ぎに交代することも厭わないくらい走り続ける。

そう、王様になれる能力はあるのに、そこにある種甘えないのである。健気なのである。謙虚なのである。

それがあのアクロバティックなプレースタイルと全く真逆なのが興味深い。

引退ライブも盟友の大久保嘉人と、全く別ジャンルのアスリートでサッカーに全く詳しくない吉田沙保里と一緒におこなった（結果、松井大輔の選手としての軌跡はほぼ振り返られなかった）。

そんなところも、らしい、と思った。
本田圭佑も来た。でも誰よりもライブを早く終わりたがっていたのは松井大輔だった。

中田英寿と中村俊輔と本田圭佑を、最も自然に呼べるのは松井大輔ではなかろうか。
もちろん小野伸二や稲本潤一も旧知の仲に見える。

色々なこだわりを持った選手を繋げる潤滑油にもなるのだ、彼は。

これからどんな未来が待っているんだろう。

コーチとして代表やフットサルに関わっていくのが既定路線だと思うし、そんな表情を引退ライブでしていたが、どうだろう。

だって、彼は松井大輔だ。

ファンタジスタらしい「こだわり」や、気分屋な面を持ちつつも、健気で、謙虚で、皆に愛されて、意味のわからないタイミングで引退ライブをしてくるのだ。

意味のわからない姿勢でパスを出し、予想もしないドリブルで相手を抜き去り、人間技ではないようなシュートをくり出すのだ。

きっと、僕の予想なんて当たらない。