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ソレジャナイ業務改善

「いや、それは業務改善にならない」
「え?」
「事務処理のことを何もわかってないね」
「ファッ!?」

こんな趣旨のことを言われたことがある。(実際はここまで鋭くないけど)
身震いがした。血の気が引いた。舌噛んで死んだ方がいいかも、と恥じた。

***

どういうシチュエーションかと言うと、こうである。

総合職の社員が業務改善案をまとめて、事務処理をこなす一般職に意気揚々と相談してみたところ、冷たい一瞥とともに幻滅の言葉を浴びる。

たぶん、どこの会社内でも年2、3回は起こるシチュエーションだと思う。例を挙げると、こういう感じ。

ペーパーワークの事務処理の簡素化や効率化のため、金額を区切って、ある一定金額以下の処理を簡素化する。10万円以下の受発注に関しては、必要なエビデンス(証票)を省略できる、など。

  • 通常は1件の処理にかかる工数は10分。

  • 簡素化すると1件の処理にかかる工数は5分。

  • 年間の総処理件数は10,000件。

  • そのうち、簡素化できる件数は1,000件(全体の10%)。

そうすると、無邪気な総合職はこういう計算をする。

【変更前】
1件にかかる工数:10分 × 10,000件 = 100,000分

【変更後】
1件にかかる工数:5分 × 1,000件 = ▲5,000分の削減!

5,000分の削減! 褒めてもらえる! と思ったら、返す刀でこう斬られる。

「都度判断しなきゃなんないのがメンドクサイ」

こうして、気の弱い総合職は怖気づき、陰で「何でもかんでも否定しやがって」「現状維持を続けたいだけちゃうんかい」と半泣きで悪態をつく。

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都度判断の発生。

これに対する総合職と事務処理をこなす一般職との意識の隔絶は根深い。
会社勤めをしているとき、この意識の隔絶による不和を何度か見た。
なぜか両者の意識は摺り合わない。

なぜなんだろう、と長年ふしぎに思っていたのだけど、後年に脳神経の仕組みを勉強している中で、思い至ったことがある。

まず、脳というのは以下の三層構造になっている。

  • 理性や意識を司る大脳新皮質(新しい脳)

  • 習慣を司る大脳基底核(古い脳)

  • その間に感情を司る大脳辺縁系(真ん中の脳)

大脳新皮質の一部に、意思決定や判断を行う「前頭前野」がある。

これを会社の職能に対応させると、総合職は大脳新皮質や前頭前野など判断を伴う脳の部位を使う職能である。一方、事務処理をこなす一般職は、習慣化を司る大脳辺基底核の部位を使う職能である。

念のため断っておくと、大脳新皮質が新しい脳から優れていて、大脳基底核が古い脳だから劣っている、とか言いたいのではない。あくまで仕事の中で頻繁に使う部位に差があると言いたいだけだ。

事務処理というのは、どれだけ習慣化、言い換えれば自動化して処理を高速化できるかが生産性向上のカギになる。

それが、先ほどの無邪気な総合職の提案のとおり、全体の10%しかない件数のために業務パターンが増えると、都度判断が発生して全体の処理が滞る。

「この場合はこっちの処理……。その場合はそっちの処理……」

これは仕事上で大脳新皮質や前頭前野を使う頻度が比較的少ない一般職にはかなりのストレスになる。しかしながら、総合職にはこれが伝わりにくい。

というのも、総合職の仕事はほぼ判断に特化しているので、むしろ都度判断が入った方が心地いい、とさえ感じている。そのこともまた、一般職は理解しがたい点である。

***

こうした脳の構造、ストレスがどのように発生するのかを理解していれば、もう少しマトモな提案が出来ていただろう、と無邪気な総合職だった自分は申し訳なく過去を振り返っている。

業務改善を検討する際は、1つひとつの工数の積み上げといった数字で考えるのではなく、人間の認知や心理を中心にして考える必要がある。

総合職と事務処理をこなす一般職の立場は、たいてい総合職が事務職の管理監督者の役割を担うことが多いと思う。

しかし、総合職の見方を変えると「職能上、大脳新皮質や前頭前野が発達している(はずの)人」なので、総合職が、一般職が今判断を要する仕事を抱えているなら引き受ける、そんな業務分担もできるはず。

過去の前例や、今までの総合職と一般職の立場にこだわらず、シンプルに、どの職能なら脳のどの部位が発達しているか、という観点で業務の再設計や整理をすることは、わりと妥当な業務改善の進め方と思っている。

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