見出し画像

多様性とランドセル

この春、息子が小学校に進学した。
毎朝、息子が学校に行ったは良いが、マイペースな奴が遅刻するかしないかぎりぎりのタイミングでの登校だったために大丈夫か?!とやきもきしたり、
今日はやっと間に合う時間に出た…と思ったら忘れ物していたり、
『行ってらっしゃい』と見送り、一人で登校できるようになったか…と感慨深く見送っていると『トイレ…』と言いながら帰って来たり。
息子が甘えん坊なのは仕方ないが、こちらの子離れできてない加減が大概である。

入学を目前に控えていた頃のことだ。
卒園式は終わり、桜は入学式の前に咲いて散ってしまった。
さすがに、もうすぐ小学生だと実感が湧いてきたころの事。

この一年はランドセルの話をいろんなところでした。
夫や子供とはもちろん、
祖父母やら、
ママ友やら、
美容院のスタッフやら、
仕事の関係者やら。

大体話題は同じようなもの。
お天気のように、罪のない話題。

中でも、女の子は選ぶのに迷う、というのは定番中の定番。
『ランドセルのカラーバリエーションが豊富すぎる』
『ガーリーなものを選びたい本人と、シックな方を推したいママの攻防』
『結局娘に選ばせるけど、なかなか決められない』
など。

「もう、ランドセルなんて赤と黒だけで良かったのに!
 赤、かわいいじゃないですか。ねぇ?」
入学式前にと訪れた美容院で、髪を乾かしてくれていた担当美容師の彼女が言った。
「本当にそうよね!」
私も、我が意を得たりと賛同した。

けれど。

せやろがいさんの動画を拝見して、はっとした。

https://youtu.be/UjyjBQDHESA

赤=女子
黒=男子

これもジェンダーギャップを反映しているということ、
まったく気づいていなかった。
「本当は男の子(女の子)だったとしたら、赤い(黒い)ランドセルは嫌だよね…」
「みんなが好きな色を選べたら、男の子も女の子も関係なくハッピーな一年生になれるんだな」
分かりやすく本当は男の子(女の子)、ということでなくても、自分の性別に対する認識は実は個人差があって、グラデーションがあって、カラフルなランドセルはそれを反映できる素敵なアイテムなのかもしれない。

想像力の問題。
そしてこれまでの刷り込みというか思い込み。
少しずつでも気づいていきたいと思う。



サポート頂けると喜びます。ありがとうございます。