続・カサンドラ症候群とその対義語に関する小考~アキレウス as ASD

偉大すぎる英雄

に対する回答で カサンドラ症候群 の対義語になる人物を検討した時、入れようかどうしようか迷った人物がいました。 ギリシャ神話でも最も有名なトロイア戦争の最大の英雄、アキレウス 。ホメロスの「イーリアス」の主人公です。(私の押し英雄でもあります)

 この英雄を仮にも ASD とするのは気が引けていたのですが、これを「アポロン・カサンドラ問題」と呼んではどうかというなんさんのnote
https://note.mu/nankuru28/n/ndbe2d2e02999
を拝見して、神であるアポロンがOKならアキレウスも許されるだろうということで、少々考えてみようと思います。(すみません、長いです)

「イーリアス」のあらすじ

アカイア(ギリシャ)軍がトロイアに来寇して九年目、アカイア一の英雄アキレウスは、総大将アガメムノーンの行為に怒って「もう出陣しない」と宣言し、そのためにアカイア方は危機に陥ります。
見かねたアキレウスの親友パトロクロスは彼の甲冑を借りて出陣し、トロイア軍を追い返すことに成功しますが、トロイア王の長子である総大将ヘクトールに敗れ、殺されてしまいます。
アキレウスは親友の仇を討つため出陣し、ヘクトールを討ち取りますが、密かに陣を訪れたトロイア王プリアモスの懇願により気を鎮め、ヘクトールの亡骸を父王に返したのでした。

アキレウスの行動 英雄Ver.

アキレウスが出陣しないと決めたのはアガメムノーンが総大将の地位を嵩に着て、アキレウスが戦闘で得た褒賞を奪ったからです。名誉を大切にするこの社会では、許せない侮辱です。
しかも、アキレウスが部下を連れて参戦しているのはアガメムノーンの呼びかけでかつての盟約を守るためです。トロイアに怨恨はありません。
堅固な城壁を持つトロイアを攻めるため、周辺諸都市を攻略して回るアキレウスに対し、アガメムノーンはただ指図するのみなのに褒賞は一番に選ぶのでした。
その褒賞を、疫病をもたらすアポロン神の怒りを鎮めるために手放さざるを得なくなったアガメムノーンは、代わりにお前の褒賞を寄越せと言い、言われたアキレウスは、剣の束に手をかけますがアテナ女神に制止されます。

こうしてアキレウスは「アカイア軍にどんな危機が訪れてもアガメムノーンの元では絶対に戦わない」と宣言し、引きこもってしまいます。

この誓いを曲げず、そのために愛する友パトロクロスを失ってしまうという悲劇の英雄アキレウス。いかにもギリシャ神話の英雄らしい彼の行動を、今度はASD的な視点で見てみましょう。

アキレウスの行動 ASD Ver.

アカイア軍はギリシャ諸都市の将(王)達がそれぞれ自国軍(船団)を率いて集まった連合軍です。総大将アガメムノーンは豊かな大都市ミュケーナイの王で軍中最大の100隻の船団を率いています。
それに対しアキレウスは北方の小国プティエーの王子です。アキレウス自身は自他共に認めるアカイア最強の戦士ですが、将の中ではほぼ最年少でしょう。

物語冒頭、そのアキレウスが、アカイア陣内の疫病を解決しようと、諸将を呼び集めて会議を開きます。越権ではありませんが、特に彼が呼びかけの任を負っているわけではありません。
そして予言者カルカースに、疫病の原因をたずねます。カルカースは「これから言うことで自分に降りかかる災いから守ってくれるなら」という条件付きで、以下のような原因と解決策を告げます。

疫病流行の少し前、クリュセースというアポロンの神官がアカイア軍を訪れました。先の戦闘で彼の娘がアカイア軍に捕らえられたので、多額の身代金を持参して引き取りに来たのです。
しかし、その娘を自分の褒賞として受け取ったアガメムノーンは、身代金を受け取らず、クリュセースを追い返してしまいました。彼はアポロンに祈り、アポロンは神官の願いを聞き届けてアカイア軍に疫病の矢を放った、というのです。
アガメムノーンが娘を返せば疫病は止むだろう、と。

つまり、予言者カルカースはその話が総大将アガメムノーンの怒りを招くことを知っていたわけです。もしかすると他の武将達も、あるいはアガメムノーン自身すらうすうす感づいていたかも知れない。
それをアキレウスは公の場で言わせてしまった。アガメムノーンは面目丸つぶれなわけで、アキレウスに対する(八つ当たりに見える)仕打ちはそう考えると納得のいくものです。

一般的には、この行動はアキレウスの高慢と捉えられることが多いと思いますが、むしろこれを、ASD的な「場の読めなさ」「理屈は通るが立場を考えない言動」と捉えると腑に落ちる気がしないでもありません。

こだわりと結果

戦闘に加わらないと宣言したアキレウスは、他の武将の仲裁やアガメムノーンからの和解提案を受け入れず、トロイア軍が味方の陣近くまで迫って将達の負傷が増えるのを見ても宣言を撤回しません。

アキレウスの無二の親友であるパトロクロスは、アキレウスに武具を貸してくれるよう頼みます。自分がアキレウスの姿で兵を率いて出陣すれば、トロイア軍の士気を挫けるかもしれない、と言って。

で、アキレウスは友の頼みを聞くわけですが、これ、パトロクロスは「頼むから出陣してくれ」と言っていると考えれば、言葉通り武具を貸すアキレウスは非常にASD的に見えます。

また、この時アキレウスは「深追いするな」と忠告するのですが、パトロクロスはトロイア軍を追走して、トロイア軍の総大将ヘクトールに討ち取られてしまう。
なぜ忠告通りにしないか不思議だったのですが、考えてみると定型のパトロクロスは「アキレウスなら追走する(とみんなも考える)だろう」と思ったのかも知れません。
そのパトロクロスの行動を、アキレウスは予想できません。忠告することで安心し、送り出してしまいます。

「アキレウス症候群」

上記はアキレウスの行動の一部に過ぎませんが、こうしてみると「カサンドラ症候群」の対義語としての「アキレウス症候群」はありうるかもしれません。(「カサンドラ」の方も神話通りでないことは前の記事で書いたとおりです)

社会的な立場や空気の読めなさ、自説を強硬に主張する態度、状況の変化に対応することが苦手、言葉を文字通り受け取ってしまう、などなど、ASDと考えてもおかしくない言動がアキレウスには見られる、と主張してもそれほど外してはいないかも知れません。

アキレウス自身は勇敢で真面目で友達思いなのに、彼が「正当だ」と考えた行動は味方を危機に陥れ、最愛の友を死なせてしまう。パトロクロスは多分恨んでいないと思いますが、他の武将達からは「困ったものだ」と言われていても不思議ではありません。

ああ、だから私はアキレウスが好きなのかも知れませんね。


まあ、神話や伝説の英雄はある意味みんな発達障害的だ、と言えるかも知れません。普通、人はドラゴンを退治しようなどとは思わないものです。

おわりに

対義語についての問いかけをして下さった村中直人さん、ありがとうございます。おかげさまで大好きな「イーリアス」とアキレウスに対する新しい視点を持つことが出来ました。

私はただのギリシャ神話ファンで、研究者ではありません。発達障害当事者(ASD)ですが、研究者ではありません。
ここに書いたことは私の個人的な考えであり、「アキレウス症候群」という言葉は存在していません。
ギリシャ神話の人物名のカタカナ表記にはぶれがあり、特に長音はしばしば省略されます。

なお、もしギリシャ神話に興味を持って下さったのなら、こちらの本をおすすめします。イーリアスのことはあまり書かれていませんが、ギリシャ神話全体や主要な神々についてとても分かりやすく書かれています。

藤村シシン「古代ギリシャのリアル」

「イーリアス」に関しては、呉茂一訳(岩波文庫/平凡社ライブラリ)及び松平千秋訳(岩波文庫)などを読んで書いていますが、正確さの保証は致しかねます。

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