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高校野球

赤坂付近にいた。もう7月も半ばで暑くて、撮影の仕事が終わったあと、とぼとぼ歩いていた。「暑いなあ」。

元来、急ぎの予定がないかぎり、来た道をそのまま引き返すのがきらいで、その日も一刻も早く帰らなくてはいけない理由もなかったので、乃木坂のほうから帰ってみようと思った。

はじめて来た場所でわりとわくわくしていて、かといって暑いなあと思っていたら一軒、周囲の小奇麗な雰囲気に似つかわしくない純喫茶があった。
純喫茶。カフェではない。全席喫煙だ。冷房がきつそうな、古い店。好みの佇まいに目をうばわれ、すうっと入ってみた。

入るとやはり、まさに純喫茶。カウンター6席にテーブルが5席ほど。やや薄暗い店内は半分くらいの席が埋まっていて、どれも自由業っぽい中年男性だった。カウンター6席にテーブルが5席ほど。やや薄暗い店内は平日の昼間から純喫茶でアイスコーヒーを飲んでいる。平日の昼間から純喫茶でアイスコーヒーを飲んでいる。
壁にはモーニングセットの古い貼り紙があった。コーヒーと、トーストと、ゆで卵で350円くらい。テーブルに付いてアイスコーヒーを頼んだ。よく冷えた薄めのコーヒーが、すぐに出てきた。
壁にはモーニングセットの古い貼り紙があった。コーヒーと、トーストと、ゆで卵で350円くらい。テーブルに付いてアイスコーヒーを頼んだ。よく冷えた薄めのコーヒーが、すぐに出てきた。

マスターはカウンターに座っている男性と談笑しながら、高校野球の地区予選を見ていた。
ちょうど自分の席からもテレビが見えていて、9回表で1-1だった。

もともとそれほど野球に興味がないこともあって、とくに気をとめずにぼうっとしていたら、カキン、と音がした。それから歓声。
テレビに目をやると、3点追加点が入っていた。4-1。マスターと男性は、決まりだねと喋り合っていた。自分もそう思った。

試合はその後、打たれたチームがなんとかアウトをとり、交代した。打ったほうが先攻、打たれた方が後攻だったようだ。

まあ決まりだろう、と思いながらなんとなく画面を見ていた。ピッチャーの子がベンチで泣いている。まだ1回あるだろ!といったような激励を、先輩らしい子がかけていた。ベンチの声は聞こえないのでよくわからないが。

野球に興味はなくても、ドラマには興味がある。
最終回だし、と思ってコーヒーを飲みながら画面を見ていた。
すると、するすると流れるように、打線がつづいていく。
いつのまにか、2アウト・満塁まで場は仕上がっていた。

さすがに面白い。
ホームランが出れば逆転であることくらい、自分でも分かる。マスターと男性も声を上げて画面を見ていた。
1球目、ストライク。2球目、ボール。配球がつづき、ついに2アウト・2ストライク・3ボール・満塁まできた。こんな状況、テレビゲームでも盛り上がる。

どうする!どうなる!
マスターと男性と、自分の視線が14インチくらいのテレビに釘付けになったその瞬間、ハサミで切られたように放送が終わった。「ニュースをお伝えします」。

レジで支払のとき、男性が「あんなとこで終わるかね?」と話しかけてきた。「そうですね…」と力なく返すことしかできなかった。

外はまだまだ暑く、けっきょく乃木坂を通りこして六本木から帰った。