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【第39話】 秘密の10万円


*読む時のお願い*
このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*
このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。


ある年の暮れ、バッタモン家族にひとつの吉報が舞い込んだ。母方のおばあちゃんがふと買った宝くじが当たったのだ。「当たった」と言っても1等ではなく、10万円。それでもなかなか出くわさない体験に、継母、弟、私の3人で喜びを分かち合った。

なぜ私たち3人がおばあちゃんよりも先に喜んでいるかと言うと、おばあちゃんは目が見えないので、継母が頼まれて代わりに宝くじを買ってきたから。念の為、継母と弟が新聞で当選番号を確認し、私たちの興奮は、間違いのない確信に変わった。

 「早くおばあちゃんに教えてあげよう!」

その場の誰と言うわけでなく挙がった声には、普段うちの中では聞かない明るさが含まれていた。中学生だった弟に至っては、何か美味しいものでもおごってもらえるかもしれない、などと早くも浮かれている様子。

3人で喜んでいるところに、父の車がガレージに入ってくる音が聞こえる。リスみたいに機敏な動きで宝くじを財布に入れる継母。私と弟は隠す物がないのに慌てて、身の回りの物を片付ける。キッチンカウンターを囲うカタチで3人が向き合い、父が家に入ってくるのをなぜか待っていた。

何も知らない父がキッチンに入ってくる。おかえり、と笑顔で迎える。いつも3人揃ってこんな事をしないから、不審に思った彼は「なんやねん」と眉をひそめる。

継母は目を伏せ、弟は自分の手を見つめ、私は父をチラリと見る。どうしよう。なんか言わな怒り出しそう。ほんまのこと言うべき?と頭の中で考える。

誰も父の質問に答えないから、さらに怪しまれる。何か言わないと、ああ。もうこの場から逃げ出したい。「お母さんの宝くじが当たってん…」と、消え入りそうな声で継母が観念した。自分が宝くじが当たったみたいに、父は満面の笑みになった。

 「おい。それ、お前のオカンに黙っとけ。わし(ら)のもんにせんか」

父の言葉が理解できず、一瞬戸惑う。継母と弟も同じで、唖然として父の顔を見ている。いや、おかしいやろ。それ。

「そんなんアカンよ!これは、おばあちゃんのお金やん。それを黙ってとったら、泥棒と一緒やんか。」と言ったのは弟だ。いつの間にかたくましくなったな〜と、微笑ましく見ていたかったがそうにはいかない。

「お前は、しょうもないガキやの。親を助けたろうと思わへんのか!こっちはお前らを食わせるために苦労しとんのじゃ。ボケ。親不孝者!」

どっちが親不孝者やねん。明らかに間違った行為をしているのに、自分が正しいと思い込み逆ギレする。それ以上何か言えば、手が出るだろう。弟もそれが分かったのか、顔を伏せる。

次は継母の方に向かって「宝くじ出せや」と凄む。やり方がチンピラ。それだけは勘弁してほしい、と父を逆撫でしないように言う継母と舌打ちをする父。こうなると見境いがなくなる。怒鳴り始め、周りの物をなぎ倒していく。

彼が継母の財布を漁るのは毎度のことだから、宝くじはすぐに見つかった。フンと鼻を鳴らして、紙切れを抜き取る。

「アカンねん、それはホンマに取らんといて。返して!お願いやから」と、継母は父の服が破れそうになるくらい引っ張る。そんな彼女を無視して、父は玄関に向かう。首だけを彼女の方に向け、ニヤッと笑う父。

 「どうせお前のオカン、目ぇ見えへんやんけ。黙っといたら分からへんやろが!」

継母はピタッと動きを止めた。父の服をつかむ手の力を緩め、解放する。勝ち誇った顔で、家を出ていく父。私と弟はそのやりとりを呆然と眺めるしかできなかった。項垂れる彼女の様子を見に行くと、血がにじみそうなほど唇をぎゅっと噛み締めていた。床を見つめる目の焦点は合っていなかった。弟は父が出ていった扉をにらみ続ける。

結局、宝くじは父が換金して好きに使ったそうだ。何に使ったのかは不明。そのお金をどんな思いで使ったんやろうか。

ひどい言葉を発した時の父の顔が忘れられない。金のためなら、家族すらも傷つけることを厭わない、金のためなら、いくらでも汚い人間になれることにゾッとした。人のお金を取ったらアカンと教えたのは父だったのに。全然見本になっていない。

ただの紙切れに大人が見境をなくすなんて、アホらし。嘘をついてまで、人を傷つけてまでお金なんてほしいと思わんわ。そんなので手に入れたお金で、幸せな使い方ができるはずもない。血の繋がった実の父親がそんな顔を見せたことで、こんな人の娘であることを恥ずかしく思ったし、「父親」だと思うのも嫌になった。

私はその場に居合わせてなかったが、継母はおばあちゃんに「宝くじは当たってへんかった」と言うしかなかったそう。

宝くじそのものが手元にないし、あったとしてもおばあちゃん自身が番号を確認することはできない。継母はその嘘をつく時にどんな気持ちだったのかと想像するだけでも、胸が締め付けられる。

おばあちゃんは何かを感じ取っていたようにも思うけど、あえて何も言わなかったかもしれない。


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