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【第4話】食卓忍者

我が家では”存在を消す術(じゅつ)”を体得しないといけなかった。その術は主に食卓で必要となる。「食卓忍者」も楽じゃない。


*読む時のお願い*

このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*

このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については、脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。

登場人物紹介はコチラ→『バッタモン家族』


いつもの食卓。両親、私、弟と妹5人分のご飯が机に並べられている。席につき、みんなで揃って食べる。みんな揃ってご飯を食べるのは、余程の例外がない限り我が家では鉄の掟だ。

穏やかな口調で切り出したのは、父だった。
 
 「あれ?今日はメニュー少ないな。これだけか?」
 「え?そんな毎日たくさん作られへんわ。」
 「あ、いや。なんか…少なく思っただけやから、言うてみたんや。」
 「じゃあ!他に何か今から作ったらええの?!」

母はイライラしているようだ。声が上ずっているのがその証拠。私と弟、妹はそれとなく母の顔を見るが、正確な気持ちの在り処は推し量れない。父は(珍しく)穏やかに続ける。いつもなら気づいたらキレているのに、母に気を遣っているようだ。

 「いやいや。これで充分や。」

今日は穏やかモードの父なので、誰もこれ以上何も言わなければ楽しい食卓になる。

…そう、誰もこれ以上何も言わなければ。

 「今日は、味を薄くしたんか?」

あーもう…マジいらんこと言う。父が放ったこの一言で、本日は母の方が一瞬で怒り爆発。母は普段から、誰かの発する言葉を文句だと捉えてしまうことが多いが、加えて今日は虫の居所が悪かったらしい。なぜこの家族の感情表現は、0か100しか選択肢が無いのだろうか。

 「何なんよ!文句ばー言うて!食べんかったらええやないの!」

一瞬で兄弟3人が凍りつく。父は一瞬面をくらった様子。ダメだ、楽しい食卓は今日”も”来ない。驚きが徐々に怒りに変わっていくのが父の表情にみてとれる。私たち兄弟は目だけを合わして、頷き、”存在”を消す準備を始める。

 「お前は、なんでそんな言い方ばっかりするんや?!誰も食えへんなんて言うてへんやろ!普通に会話しただけで、何をそんなヒステリックになってるんや!おかしいんちゃうんか?!」

ススーー…っと、音もなく私たち兄弟は”存在”を消していく。

”存在”を消すとは、その場を立ち去る意味ではない。忍者が気配を消すような感じ。イメージは、『もののけ姫』に出てくるコダマ。見えてるけど、透けてるやん?

それならその場を立ち去ればいいのに、と思われるかもしれない。しかしそこは我が家の鉄の掟。途中で、立ち去ろうものなら「飯を食え!」と呼び止められ、怒りの矛先がこちらに向く。口を挟んで仲介したり、こちらまで怒ったりすると、巻き込み事故にあう。

つまり、私たち兄弟は両親のケンカをおかずの一品に加えながら「私たちはここにいません」と静かにご飯を完食するという任務を課せられているのだ。だから静かにその場にいるけど”存在”は消す。両親は私たちのことなんて気にも留めず、大いにケンカを繰り広げる。私たち兄弟は長年の経験から、その存在消しの術を自然に体得していた。食べ終われば、食器や椅子の音も立てずに静かに"ドロン"、だ。

3人で逃げるように、そそくさと2階の部屋に戻る。

 「なんでお母さん、急にキレたん?」
 「え?知らん。お父さんの言うことにいちいちムカつくんちゃう?」
 「文句に思ったんちゃうの?今日のお父さん落ち着いてたと思うけど。まだケンカしてんで。うっさいな。」
 「はよ、飯食うたらええのに。」
 「それな!」
 「な!」

間違いない。下ではずっと同じやりとりをしている。

 「食べへんかったらええやん!いらへんのやろ?!捨てたらええやん!」
 「誰もそんなこと言うてへんやろ?!すぐに捨てるって言うの止めろ!」
 「置いててもしゃないんやから、捨てたら?!」

曲の同じ部分だけ延々繰り返してるみたい。飽きないのか?

ケンカはどちらかが疲れて、黙るまで続く。決着はつかないのだ。何かが割れたり、物が落ちたりするような音がしたら止めに行くこともあった。そうなると流石に”存在”を消して、忍者ごっこしてる場合ではない。最悪の場合、父が母に殴りかかる恐れもあるからだ。

こんな風にして、毎日のご飯に気を張るのは心底疲れた。私たちだって、毎日忍者になりたくなかった。楽しい食卓よりも、”騒がしい”食卓の思い出の方が多いのが悲しい。ご飯くらい、安心して楽しく食べようぜ。

これが我が家の”一家団らん”風景。ニンニン。

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