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都合のいい女・都合のいい女装

5~6年ほど前、とある女装関連イベントに行った時のことだ。
会場を一人で歩いていると、三人の女性がもつれた足取りでこちらの方に向かってきた。明らかに羽目を外して泥酔していた御様子だ。
そういう場合いつもならば、そっと目をそらして一歩横道にそれるのだが、この時はあまりにも突然すぎてよけきれず、ぴたりと足を止めてしまった。

そんなよれよれ三人女は私の前に立ち止まると、真ん中の女が
「ねぇねぇ~最近一番かわいいと思ってる女装教えてよぉ~」
と言ってきた。明らかに酔っ払いのしゃべり方だ。
あっけにとられた私は、精いっぱいの愛想笑いを浮かべて、
「かわいい女装ですか…?ここにいる人達だいたいそうだと思うけど…」
という曖昧模糊な返答をした。
すると右側の女が、
「そんな答えだめだよ~」
とやはり酔っ払いのしゃべり方で言ってきた。今にして思えば、確かにキレの悪い逃げの回答である。しかし、私は一刻も早くこの場を立ち去りたかった。すると左側の女が、
「私たち今日この人に連れられてここに来たの」
と真ん中の女を指さして言った。そして、
「でもかわいい女装さんと話したいんだけど、どうしたらいいのかわからないんだよね。とりあえず女装さんに聞いた方が手っ取り早いと思って」
と続けた。単に私と目が合って聞きやすそうだったからだろう。
会場に来たがっていたという言い出しっぺの真ん中の女は、
「〇〇や△△はもう有名になっちゃってるし、かわいいのみんな知ってるじゃん。そういうのじゃなくて、もっと有名じゃない隠れたかわいい子を教えてほしいの。そういう子いないの?」
と、SNS女装界隈では名の知れた名前を複数人呼び捨てで挙げた。
いわゆるチェイサー的な主張で、そういう人ならわからなくもないが、なんとなく鼻につく言い方が私をイライラさせていた。
もちろんこういう奴らに軽々しく友人の名をあげたいとは思わない。
とっとと立ち去りたかったので、
「そうかぁ、でも有名じゃない子は、私が名前言ってもお姉さんたちわからないじゃないですか。会場もうちょっとうろうろして声かける方がいいんじゃないですか?」
すると真ん中の女は、
「え~、結局知らないんじゃん。知らないんでしょ?それ知らないって言いなさいよ~!つまんない~」
と勝手にまくしたて、お礼も言わずに取り巻きを連れ、再び千鳥足で去っていった。
しばらく後ろ姿を見守っていたが、途中地べたにへたり込んでおり、産まれた小鹿のようになっていたのを両端の女から支えられていた。

(何なんだあれは…)
五分もないやり取りだったはずだが、私にとっては果てしなく長く、無駄な時間に感じた。別にゆすられたりたかられたりしたわけではないのに、なんだかとてつもない疲れだけが残った。

だいたい「かわいい女装」を仮に教えたところで、相手は納得するものなのだろうか。もともとルッキズムや主観の強い女装の評価において、「誰が可愛いかと思う」と言うのは全くアテにならない。他人から面白いと勧められた本が、自分にとっては超絶つまらなかったというのと似ている。
女装の好みなんていうのは、蓼食う虫も好き好きである。ちょっと男性っぽい要素を残している子を”かわいい”と思う人もいれば、”間違えて男性に生まれてきたのでは?”というような子を愛でるタイプもいる。女装好きの人とは、そういうものだと思っている。

そんなことを考えつつ、ふと、
「そういえばあの連中にとって、私は多分”かわいい女装”ではなかったんだな」
という思いに至った。同時にふつふつと腹立たしさに似たものも感じてきた。彼女たちにとって、私はなんだか話聞いてくれそうなモブ女装に過ぎなかったわけである。あんな下品な女どもからチヤホヤされてもうれしくはないが、どこか腑に落ちない自分もいた。

数時間後、再度会場の隅っこであの三人女の姿を見かけた。
三人女たちの間に、20代くらいの細身の女装の子がちょこんと座ってニコニコしゃべっているのが見えた。すらっとしたスタイルに化粧を落とすと端正そうなタイプの子だった。
「あぁ。ああいうタイプがお好みなのか…そりゃそうだわ。」
と思うと同時に、どんなにあれこれ言っても負け犬の遠吠えにしかならないばかばかしさを感じた。
そして羨ましさこそないものの、この数時間くすぶっていた腹立たしさを満たすため、元気に買ったばかりの焼酎ハイボールを飲み干した。

振り回されただけの女装


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