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『運が良いとか悪いとか』(4)

(4)

外界と関わるの人間のシンボル思考のあり方
を説明しているが、このシンボル思考が人間
の思考の原型であり、今でも赤ん坊はこの思
考から出発する。シンボル思考から始まって
そこに事実認識を異和として孕んでいく……
という形で赤ん坊の認識世界が拡大していく。

ところがシンボル思考は、それ自身が身体生
理からの飛躍(自ずと孕まれる自己否定とい
う意味で異和という)なので、その中味は生
まれたとたんに身体生理から打ち消しを浴び
る。

これはその観念が、自分を絶えず打ち消そう
とする身体性を取り込んで行かない限り存続
出来ない、ということである。その取り込み
方のひとつに反復がある。繰り返されればさ
れるほど、その観念は言わば身体生理に食い
入っていくのでそれだけ身体性を取り込んだ
ことになる。

例えば毎日繰り返される日の出に接すること
で、そこから生じるシンボルは反復され、脳
組織に何らかの痕跡を残すとすれば、これが
まさに観念が身体性を取り込んだということ
だ。

この形が外界と関わりながら自らの行動(経
験)で身体性を取り込む姿であるのに対して、
もう一つ、人間のカラダそのものが成長して
認識世界(の大前提)を変えてしまう……と
いう形での身体性の取り込みがある。前者と
の比較で言うならこれは、取り込みというよ
り身体性の有無を言わさぬ侵入、あるいは受
け容れる以外に手のない地殻変動だろうが。

一日の大半を仰向けの姿勢で過ごし自発的な
場所の移動はまだ出来ない段階の赤ん坊の受
け身の世界観と、這い這いからつかまり立ち
を始め自ら視野を変えることが出来るように
なった赤ん坊の世界観には決定的な違いがあ
り、この大変動が人間意識に刻む深い痕跡は、
恐らく神話や伝説、昔話の中に頻出する
「この世の初めに天と地が分かれた」
といった説明に遠く反映している。

また己が受け身でいたときの人間(主に保育
者)が、どこかからやって来てあやしたり観
察したり、また間近に気配を漂わせていたり
したそのありようと、今度は能動的に自分か
ら動いてその保育者に触れたり何か他のモノ
につかまったり取り上げたりできるようにな
った人間のありようにも相当な落差があり、
この経験は
「神の観念」
に反映していると思われる。

つまり理神論が認めるような摂理としての神
のリアリティが、受け身で接していたときの
人間像に重なり、人格を持ち個性を備えた神
のリアリティが、自分が能動的に接するよう
になり始めて以降の人間像に起源をもつ、と
いうように。(註2)

また、J・ピアジェの実験でよく知られた赤
ん坊のいわゆる魔術的世界観(すぐ目の前で
あっても、何かの下敷になり隠されてしまっ
たモノは、そのとたんに存在しないものにな
る、興味を失う)はシンボル思考の色濃い認
識だが、この世界から赤ん坊が
「何かの下敷になったり陰になったりして隠
れたモノも、決して消えたのではなく、存在
し続けている」
という、より事実世界に近い認識へと移行す
るのにも、身体の発達、特に受け身から手足
を有意義に使っての能動性発揮への劇的な変
化が深く関わっているはずだ。

もしもこうした認識の変化、シンボル思考が
を身体性を取り込んで次の次元へと進んでい
くこと単に
「誤った認識の枠組み」
から
「正しい認識の枠組み」
へと修正がなされた、というように捉えてし
まえば、人間の認識も言語も実はその
「誤った認識の枠組み」(シンボル世界)
の方を起源に持ち、それらが身体性に打ち消
され身体性の取り込みを強いられるという形
でしか
「正しい認識の枠組み」(事実世界)
に達し得ないことが見えなくなる。

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(註2)

理神論はカトリックの人間支配(思想支配)
に抵抗して唱えられた宗教哲学だが、そのよ
うに世の支配的な考えを根本から覆して行こ
うとするとき、人間はごく自然にものごとの
起源に近い方へと遡ろうとする。

たとえば人間がこの世の始まりについて考え
るとき、光と闇の対比、昼と夜の交替につい
ての観念は、たとえば最初の人間がどこにど
ういう風に現われるかということよりもっと
根源的なものと思われる……とは言えるだろ
うが、だからと言っていきなり神が「光あれ」
と言ったからこの世に光が満ちたなどとは考
えにくい。それはあたかも

「とにかくまず神がいたのだ(つべこべ言う
な)」
と言っているのに近い不自然さ(遡行してい
く思考の自然さと比較して)を持っていると
考えるのが理神論的な態度である。

そこでこれはあくまでも仮にだが、自分(た
ち)は人間を支配するために生まれてきた者
だという自覚から出発する存在がいるのだと
したら、上記とは逆に彼らにとっては
「何となく原初のもやもやとした世界から、
何となく闇と光が分かれていったのだ」
という説明はまったく耐え難いものと感じら
れるだろう。

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