見出し画像

MONOの話 #2 『いよかん』

こんにちは。先月からこちらのスペースでお世話になっております。お昼の春菊です。連載テーマは「物(モノ)」です。毎月、1つの物について書いています。今回は#2。前回の反省や頂戴したダメ出しも踏まえ、今回も張り切って書かせて頂いてます。

さて、第2回のテーマの「モノ」ですが、今回は…

「いよかん」の話。


男の1人暮らし。気まぐれに、スーパーとかじゃなく商店街の露店の八百屋さんで不意にいよかんを買いたくなる事があります。店先のカゴの上に丸出しで”3個で〇〇円!”みたいな感じで積んであるやつ。陽に当たる柑橘系は妙に魅惑的で、見かけたら否応なく買ってしまいます。

近寄るとふんわりとだけする香りに、普段の季節感のない暮らしが急にダメなもののように思えてきて発作のように購入し、そして、いよかんを買う事で自分がかりそめにも素敵な人になれたような気分にもなります。


(イメージイラスト画像)(※後日差し込み)


で、意気揚々と勢いで3個買って帰って、しかし家に着いて家の灯りの下で見てみると途端に「いや、こんなに食べきれないよ…」という、こちらの手に負えそうにない高い”圧”をいよかん3個は放ちます。外で見た時となんかちょっと印象が変わります。例えるならば、パーティー会場で会う時はこの上なく素敵だけど、いざ付き合うとなると持て余すよ、この女性!という感じ。神田うのです。

もう少し解りやすい例えにするならば『あれだけ真剣に選んだのにいざ借りて帰ると延滞してでも観ないTUTAYAのDVD』と全く同じ、一旦、ステイしてしまう心境を言いたかったです。




大体からして、男の1人暮らしの食なんて、

【どん兵衛にお湯かける】→【食べる】→【おしまい】

がせいぜいで「どん兵衛を食べた後にいよかんを食べたくなどならない」事にそこで気がつきます。ライフスタイルといよかんがマッチングしてない事実を突きつけられます。婚活サイトから叶恭子さんを紹介されるような感じです。

もう少し解りやすい例えにするならば『お正月に帰省した時にはあんなにおもちを食べるのに、戻ったらそこから来年までおもちを食べない』のと全く同じです。




とはいえ、腐る前には食べないといけないので、いったん頑張ってみようとは思うんですが、どうにもいよかんに向き合う気持ちが作れない。1度でもいよかんのお尻に指をつっこめばもう後戻りは出来ない。勇気がいります。

ダイニングテーブルを陣取るいよかん3個の、横暴とも言えるスペースの取り方と迫力。おいそれと手がつけられない感じは、イケイケの頃のカイヤ川崎を麻世以外には口説けない、みたいな感じです。

もう少し解りやすい例えにするならば……(もういいですか?)




しかし、大人には生きる知恵があります。難題を前にした時に重要なのはとりあえず「自分が出来ることを探す」「目の前の小さな事でいいから少しずつやれることをやる」ライフハック本で読んだ内容です。

私は、まずやれる事として100均に行っていよかんを入れるカゴを探す事にしました。イメージ、いよかんに似合う、木を基調とした網のカゴ。とりあえず剥き出しの迫力と圧を緩和させ、いったん生活の中に溶け込ます事でハードルを下げる目的です。ライフハックです。




いざっ!

【カゴを買って帰る】→【いよかん入れてみる】→【カゴ小さくて3つ入らない】



失敗は忘れてしまうのも生きるのには大事な事で、過去に囚われず他に出来る事・すべき事に目を向けるべきです。ライフハック本で読んだ内容です。






シラフだとなかなか気が進まないものもお酒に酔った勢いならば、普段の自分と違う、殻を破った大胆な行動を取れるものです。酔った勢いでいよかんをおつまみみたいな感じで食べてしまおう。私はそう思いつきました。卑怯と言われてもいい。いよかんを腐らせるよりはいい。

きっと麦焼酎が合うだろうと考え、普段飲まない焼酎を買いに行きます。お酒に合うおつまみを用意するのではなく、おつまみとしてのいよかんがまずあり、それに合うお酒を探すのです。ソムリエの考え方です。グランメゾン東京の中村アンです。

この作戦はなかなか良かったです。「焼酎に柑橘系の果物は合う」という”KI-ZU-KI”。レモンサワーとかがあるのだからいけるはず、という予測に狂いはありませんでした。剥きながら食べる感じも普段なら面倒なだけの作業ですが、これも酔っ払いとは相性が良く、手持ち無沙汰な1人飲みの最中に没頭出来る「丁度よく面倒な作業」です。その証拠に、ほら、もう3/4玉も食べれたじゃない!




いざっ!

【この勢いで2玉目へ!】→【あれ?なんか…】→【指止まる】



計算が狂いました。飽きました。味に飽きた。剥くのにも飽きた。そもそもそんなにお酒好きじゃない。麦焼酎なんて飲み慣れてない。もう気持ち悪い。1杯飲んで1玉剥いたところで完全に失速し手が止まりました。とりあえず今日はここまでです。

困りました。この1/4、剥いて残ったいよかんはどうすればいいのでしょうか…。剥いてないのならまだしも、剥いてしまったのだから食べなくてはいけないのですがもう食べたくはない。絶対に食べたくない。ただただタイムリミット(賞味期限)が早まってしまいました。

しかし、私にはまだ出来る事があります。「そうだ!残りをジャムにしよう!」と考えました。保存も効くし、なおかつ皮までも無駄にしないという最高のアイディアです。早速、クックパッドを開きます。





いざっ!

【① 皮と身に切り分け、皮を短冊のように切り、水に浸けて1晩置く】→【② 身は鍋で火にかけ、焦げ付かないように始終見守りながら煮詰める】→【③ グラニュー糖と①を加えながらドロドロになるまで煮込む】




なるほど、よし。まずグラニュー糖がないから買いに行かねば。深さのある鍋もないからこれはネットで注文。混ぜるヘラも要る。包丁で指も多少は切るだろうから(いよかんの皮は硬い)絆創膏とかも要るかもしれない。そしてジャムが上手に出来たなら、それなりの瓶に入れたい。インスタントコーヒーを入れてる瓶みたいな角が丸いああいう大きめの瓶がいい。今コーヒー入れてる瓶からコーヒーを出してしまってその瓶を使ってもいいが、するとコーヒーを入れる瓶がないので新たなコーヒーを入れる瓶が要る。そして瓶にジャムを入れたならそのジャムをパンにつける用の長めのスプーンがなくてはならない。多めの量を掬える丸みの深いスプーンがいい。そんなもの家にはない。あ、食パンもない。トースターもどうせなら漫画とかで見るバイン!と飛び出すタイプのやつがいい。整理しよう。


【買い物リスト】
・グラニュー糖・鍋・ヘラ・絆創膏・丸い瓶・深長スプーン・食パン・トースター





不思議で仕方ないのです。なぜ今、私はトースターのサイトを見ているのか。なぜこんな事になった。気まぐれで買ったいよかんがとんでもないことになってしまった。そもそもはいよかんを3つ食べなくてはならかっただけなのだ。いや「食べなくてはならなかった」ってなんだ。ただ「食べたかった」だけなのに…。





残ったいよかんは今日もまだ買った日の姿のまま、ダイニングテーブルにいます。出かける時にいよかんと目が合います。

同じ屋根の下、お互い干渉しないまま、夜帰ってきたらまたそれぞれが別々の生活をする。家庭内別居と言うほどお互い仲悪くもないし、かと言ってベタベタするほど関わることもない。お互いがお互い居心地のいい、お互いで見つけたお互い適切な距離感の相手。それが男の1人暮らしにおける「いよかん」という存在です。


※この原稿は、万が一、マガジンハウス編集部から雑誌『POPEYE』への連載依頼が来たら提出しようと思ってたけど、来なかったから書いてどこにも出してないやつを載せたものです。趣味です。全6回分あります。

※この原稿は2014年3月号〜11月号に掲載用に
自主的に書いたものに大幅に加筆修正したものです。

この記事が参加している募集

博多ラーメンの麺の固さの注文の仕方 【社外秘】 ばりやわ やわ ⬆︎柔らかい ふつう ⬇︎固い かため ばりかた はりがね 粉おとし 湯気どおし 箱だし ねり半ば 粉 ばり粉 収穫前