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くださいな

わたしが嫁ぐまで住んでいたのは静かでこれといった特色もない、普通の住宅街とお店があるだけの全国どこにでもありそうな小さな町である。

昔は町の中心にはささやかだが夕暮れ時には賑わう商店街があった。魚屋さん、肉屋さん、八百屋さんなどがあり、母に連れられ大人たちの大きな身体に挟まれながらキョロキョロと左右の店先を眺めながら魚の匂いやいきのいい掛け声、母が商店の人と交わす会話などを聞いていた子供だった。
100グラムいくらと赤いマジックで書かれている札を見て、今日は安いわと言って肉などを買っていた母。薄い紙に手早くくるっと包まれたものとお金を渡し合う姿は阿吽の呼吸だった。


自分の目で見定めて財布と相談しながら安くてイキの良い物を買おうとしていた母を始め、その頃の人々は闊達だった。明るかった。よく笑ったし、いろんなことを話し交わしていた。
母に言われて、一度か二度くらい醤油をお隣さんちに借りに行った記憶がある。
ああ、いいわよ。持っていきなさい。
そうしてほんの少し余分に頂いたり、お返ししたり。
そんな風に人との距離が絶妙に近く、時に境界を越えたり、引っ込んだりしながら生活を営んでいた。


子供の頃の楽しみといえば、小学◯年生という雑誌を読むことだった。
たしか姫子ちゃんなどの少女漫画が載っていた気がする。それが楽しみで近所の駄菓子屋兼雑貨屋さんのマツシマ商店にお金を握りしめて買いに行ったものだ。
ガラガラと木枠の引き戸を開けて一歩中に足を踏み入れると、所狭しと駄菓子から日用品などがごちゃごちゃと陳列してあり、店内は昼間でも薄暗かった。
少し埃っぽい匂いもした。 


その中で雑誌コーナーはひときわ目立っていてそこに駆け寄り、お目当ての雑誌を取る時の胸の高鳴り。
今、あの当時のように手に入れられるという焦がれるような喜びを感じる程欲しいと思うものは残念ながらない。

マツシマのおばさんは耳が遠いのか、客が子供だから面倒だったのか、いつもすぐに出てきたためしがなかった。
しかたないから、わたしは声をあげる。
くーださーいな。
返事はない。
くーださーいな。
やがて店と住居の境にかかっている暖簾がめくられ、大柄でのっそりとした体を大義そうに揺らしながらおばさんがよっこらせとつっかけを履く。
ほとんど喋らない。いらっしゃいともなんとも言わずに小さな目をこちらにじっと向けるだけだ。
わたしが雑誌を差し出すとその値段をゆっくり眺めている。わたしはとうに知っているのでお金を掌に乗っけて渡す。
太い指がお金を受け取り、お釣りを渡してくれる。
これでこの雑誌はわたしのものだ。
わたしは嬉しくてニヤッとしてしまう。
それを見たマツシマのおばさんも少し顔を綻ばせてちょっと笑った。

その黒ずんだ薄暗いマツシマ商店も駅前にスーパーマーケットができると自然と足が遠ざかった。
傾いているようにみえる店構えの前を自転車で通る時にほんの少しちくっと胸が痛くなったが、やがて慣れてしまった。



無邪気に恥ずかしがりながらも声を張り上げていた頃に戻れはしないが、不思議な呪文のようなそれを時々呟いてみる。


くーださーいな。


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