見出し画像

「うわの空です」 -男子発言ノート44

一日の終わりに、駅に向かって皆おなじ方向へと帰りゆく雑踏のなかで、前をゆく若い男女の会話が聞こえてきた。

やさしげな男子は聞き役に徹していて、隣の女子は嬉しそうになにかをずっと喋っている。彼女がきっとじぶんの好きなことについて、その魅力を彼に語っているみたいだった。

すると、感心しながら終始にこやかに相槌を打ちつつも、その話題についていけてはいないらしい彼は恐縮した様子でこう答えた。

「いいですねぇ。なんか僕、詳しくなくて……や、なんか僕、すみません……うわの空です

いやっ、え!? 彼女が、ずっとキミに語りかけてたってのに“うわの空”だったんかい!! と心の中でツッコミたくもなったけど、なんだかその、彼のたじたじな感じが……もしかしたら彼は彼女のことが気になっていて、もはや会話どころなんかじゃなくって、それで“うわの空”だったのかなーとも思えて、しかもそれを馬鹿正直にそのまま言っちゃうなんて! な彼に、うわの空にもほどがあるよ! と思いつつも、ふんわりと素敵な彼の発言が耳にのこった。

もちろん彼女は、そんな言葉尻を取っ捕まえてやんや言ったりはしていなかったけれど、好きなものを誰かに話せて、それをまた誰かが聞いてくれるよろこびに包まれていて。
そしてそんな彼女を、彼のうわの空なフワフワ感がそれをさらにリボンでくるんだような、ふんわり素敵な包容物みたいのが目の前にあった。
もしかしたら彼女も彼と同様“うわの空”で、それゆえ誰にもわからない趣味のマシンガントークをしてしまっていたのかもしれない。

“うわの空”……あるよね。
私も昔好きだった人を学校の帰りがけに花見に誘ったら「いいよ」と意外にもOKしてくれて、もうドキドキで花見どころじゃなくて、帰りの電車でもドキドキで彼の話が全然入ってこなくって、覚えてるのは彼のカバンのほつれが見事綺麗に縫い繕われていたこと。それ何? 誰? 付き合ってる人いるの? ってそればっかりが気になって。……そう、まさに“うわの空”だった。

つい先日も、尊敬し憧れている素敵な男性とひさしぶりに再会して、それはもうきれいに“うわの空”だった。あとになってヒジョーに恥ずかしくなり、「次はクールに語り合いましょう」なんて余計に恥ずかしいメールを送ってしまった。全然クールじゃない。

遥か上の空まで一度舞い上がってしまった心は、風船のようにしばらく時間が経たないと地上に落ちて戻ってこられないみたい。

いいよね、「うわの空です」なんて。
実は気になってるけど相手はそんな風に見てないよね、フランクにフランクに! みたいに努めている相手から困り顔で言われてみたい。
そしたら、くだらないフランクな話なんかすぐにやめるんだけど、な。
やめてそれから……それからは……ぐふふ。


▼Twitter版男子発言ノートもつぶやいています。お気軽にフォローなどどうぞです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?