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「伊勢 朝熊山峠の茶屋」−お伊勢さんへは何願いに行くのかい?−『大日本六十余州名勝図会』

今日やっと大学卒業が確定しました!
おめでとう自分!笑

映画『インセプション』の三段階の夢のように、今朝は三段階の夢を見ました。そのすべての夢で卒業の合否が発表され、不合格が出た段階もあったので目が覚めた現実もヒヤヒヤでした。

とりあえずはあと卒業式と院の入学式を迎えるのみです。
英語と専門、中国語の勉強はしっかりやっていかないとです。

そんな一段落気が楽になった今日も広重。
今回は『大日本六十余州名勝図会』の「伊勢 朝熊山 峠の茶屋」です。


国立国会図書館蔵

ファーストインプレッション

ちょっとスリリングな一枚ですね。
手前の道は街道のようですが、真ん中の階段のような坂を下ったら険しい山道が続いていますね。

この山道を乗り越えてさらに、急な坂道?階段?を登るとやっと賑わう街道に巡り合えます。

赤提灯を下げて夕暮れとオーシャンビューを眺められる特等席が用意されていますね。
夜になれば深い闇に葬られてしまうくらい真っ暗になる道ですが、日中は人の往来も多そうで旅人が左右の店に気を取られてしまいますね。

階段か坂を下ると、狭い細道が続いていますが両脇に聳える崖が直角くらいあります。
崖崩れなんて起きたら道は塞がれてしまいますね。

その先にも海までずっと同じように山々が続きます。
峠を越えるなんて言い方がありますが、ここでは麻痺しそう。

向こうに広がる海は伊勢湾でしょうか。
朝熊山との距離感で現在の位置が掴めそうですね。

今回は当時の描かれ方と、朝熊山についてみていきたいと思います。

伊勢と朝熊山

伊勢というと伊勢神宮、伊勢湾、伊勢海老。
美味しいものがたくさんあるイメージです。
だからか、今回の絵で街道にたくさんの茶屋があるのも納得です。

今ではおかげ横丁という名所がありますね。
その「おかげ」って伊勢神宮へのお蔭参りから取られているのですね。

伊勢神宮にお参りすること。単独で参詣するだけでなく、かつては村単位で講を組んで出向くことが多かった。講とは、村人が共同で積み立てた資金で代参者がお参りする制度。熊くま野の講、大だい師し講などと同じく、信仰にかこつけて公然と出かける庶民の行楽、物見の旅でもあった。籤くじで決めたり、指名されたりして、誰が行くかを決める。代参の人が土産を手に帰ってくる日には、村境まで迎えの人も出たという。二十年に一度の遷宮のあった翌年に「お蔭をこうむるように」とお参りをするのを「お蔭参」、親や主人に断りなくこっそり出かけるのを「抜参」という。

日本の歳時記

伊勢参りです。

江戸時代、御蔭年(おかげどし)に諸国の庶民が伊勢神宮に参詣(さんけい)したこと。《 春》→抜け参り

デジタル大辞泉

庶民が伊勢神宮に参詣し、信仰と題して公然と出かけられたのですね。


朝熊山は赤ピンです。
右に大きく広がる海は伊勢湾です。

そうとなると、今回の絵で描かれている街道を歩くメンツも伊勢神宮にお参りをしに行く人々である可能性もあるということですね。
街道左側に傘を被っている二人はまさにそうかな。

当時は今回の絵以外にどのように描かれているのでしょうか。


古典籍総合データベース

『伊勢参宮名所図会』「朝熊峠」です。
全く同じ場所です!

この真ん中の道は坂ではなく階段なのですね!
しかも階段を登って正面右に道標のようなものが立っているのも全く同じ。
茶屋でみんなくつろいでいます。
旅人と取れる男性たちが注文を取ってもらって、女中的なスタッフがオーダーを取っています。笑
右の丁には客引きをしているのか、旅人のような男性たちと一人の女性が何か交渉しています。
どれだけ値切れるか、いかに上手い口車で騙せるかの攻防戦です。

広重もこの『伊勢参宮名所図会』は見たはずです。
でないとこんなに構図が同じということはないですよね。
しかしここに、竪絵という特徴を活かして伊勢湾との道のりを険しく描きました。
それに加えて奥の険しい山道という殺風景と、手前の街道の賑わいを対比させていますね。

ここに映る人々が一体どんな祈願を持っているのか、考えるのも非常に楽しそうですね。


今日はここまで!

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