ハムレット23-25 Ⅰⅲ

オフィーリア それだけかしら?
レアティーズ 深入りせぬことだ。自然のうちに生ける者はね、育ちゆけば軀のみで大きくなるんじゃない。その宿りたる廟(やしろ)が大きくなると、心や魂の内なる働きも、ともに育ってゆくんだよ。あいつはおまえを愛してはいるだろう、今はな。あいつの純潔な熱意―今は何の穢れも企みもそれを汚すことはないだろうな。だがオフィーリア、心してくれよ。王子ハムレットの高貴な立場も、重みを増してゆけば、とても思うままには動けなくなる。自ら、生まれの桎梏(しっこく)に従ってしまうんだよ。そこいらの人間がやるように、後も先も考えず…とは、あいつはやるまいな。なにしろ、我が国の安寧の全てがあいつの匙の加減に掛かっているのだからな。掛かるが故に、あいつが頭(かしら)として統べている軀の言い分にも耳を傾けねばならぬということだ。あいつがおまえを愛するとしたら、あいつは自分に課せられた振る舞いと地位の柵の中で事を為すであろうな。つまり、デンマークの民の普(あまね)き声を逸することは無い、ということさ。そう信じて置くのが賢明だな。おまえがあいつの歌にいそいそと聞き入り心を奪われ、あいつの抑えの効かぬ盛りにおまえの清らかな宝を献じようものなら、守り通した貞節を報われることなく失わねばならぬ、とよく弁(わきま)えて置くことだ。慄(おそ)れるのだ、オフィーリア。慄れて、そして、我が愛しき妹よ、手の内は見せぬことだ。攻め入る情欲に間(ま)を置く帳(とばり)の蔭に控えて居るんだよ。慎み深き乙女はね、月明りにその美しさを一時(ひととき)なりとも露わにすれば、もう、それだけで男どもには十分さ… あげくに、貞節の鑑とて誹謗の矢からは免れることはできなくなる。どれだけ度々、蕾も開かぬのに悪き虫が春の若芽を喰い散らかして来たことか… 朝の澄んだ露のような若き娘はね、疫(えやみ)の毒には例えようもなくお誂え向きの餌食なんだよ。いいか、慄れるのだ。慄れて、堅く身を守ることだ。若い男というのはね、何の理由(わけ)も無いのに堪えもきかず暴れてしまうものだからね…
オフィーリア 学び多きお諭し、私の胸の内に番兵さんとしてしっかりと見張りに立って貰うわ。けれどお兄様、何処かの口うるさい牧師さんのように、天国への険しい茨の道を説いたりなんかなさらないでね。そのくせ時々、牧師さん御自分はと言えば、放蕩者よろしく得意げにふらりふらり、(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?