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#75 再発を恐れて神経すり減らしている説

パニック障害で仕事を辞めて、一年半の療養を経て2023年5月に社会復帰をしました。パニック障害と付き合いながら社会生活をおくる40代おひとりさま女性の記録です。

今回は自分でも理解不能な不調に襲われて感じた事などを書いていきたいと思います。
前回は不思議現象がどんなものだったかを記録しましたのでそちらからお読みいただけますと幸いです。


自分では「順調」と思っている

これまで何度も書いてきましたが、2023年5月に社会復帰をした時は本当に不安だらけでした。
ただ、職場では事前にしっかり説明したこともあり、体調面の配慮は柔軟にしてくれるおかげで働きやすい環境だと感じています。

肝心の仕事ですが、正直なところ仕事を教わるペースがゆっくり過ぎて退屈する時もあります。ボスいわく「教える時間が確保できなくてごめんょ」ということなのでいずれ解消されるでしょう。
我が部署のレジェンドの引退は確実に近づいています。私は後任として雇われたのだから、それまでに必要とされる仕事を教わり終えて業務の停滞が発生しなければいこと。

教え終わらなければ残念ながらボスの負担「増」になるだけで、私にはさほど影響はありません。教わっていないことはできませんから。
ボスにはちょっと酷な気もしますが、そうやって自分を守らねばなりません。とはいえ、日頃の仕事を見ながらできそうなことは始めています。

少々気をつかいますが、仕事量も少なく定時退社もできているので私としてはこの状況は「順調」と言っていいと思っています。

母いわく「神経質になりすぎ」

今回の理解不能な不調があり、母とも話したのですが、母から見る私は神経質になりすぎて自分で「負のループ」を生んでいるように見えるそうです。

病気の再発が怖い、もう社会から疎外される生活をしたくない、だからしっかり自分で管理しよう。こう思いながら生活しているのは事実です。だからこそちょっとした異変でも病気に結び付けがちなところはあります。

母はそういうことが余計に自分を疲れさせているのではないかと指摘するわけです。私が生まれて四十「うん」年一番近くで見てきている人です。おそらく母の見解は間違いないでしょう。

かかりつけ医「もっと気楽に」

前回の記事でも書いたのですが、10日ほど夜中に急に目が覚めまして、そのあと短時間ずつしか眠れなくなっていました。

あるテレビ番組を視聴したところ、布団に入った瞬間にすぐ入眠してしまうのも「睡眠の質」が良くないとのことです。いわゆる「浅い眠り」の時間が多く、朝まで眠り続けられず途中で目が開いてしまうそうです。

まさに今の自分そのものだなぁと思います。
いままで入眠まで1時間以上かかっていたのに、社会復帰してからは入眠が早く朝まで眠れる日が圧倒的に多くなって喜んでいたのですが、その峠を越えてしまって、今では良い睡眠が撮れていない状況に。

主治医は「おかかうめさん(実際は私の本名)は真面目すぎ。もっと物事を気楽に考えてごらん」とよく言われます。
今回も「いつも話を聞く限り順調そうだけど、無意識に考えごとをしちゃうこともあるから、気楽を意識してね」とのことでした。

毎回心の中で「それができりゃ苦労しないよ」って言い返していますw

意識しましょう「意識する」ことを

自己分析・母の意見・主治医の見解、どれも貴重なんです。
病気とうまく付き合うには、経験の積み重ねで同じ轍を踏まないように意識することだと考えます。

同じ失敗を「絶対に繰り返さない」ではなく「繰り返さないように意識する」というのがポイントです。

もし同じ轍を踏んで失敗したら、「そんなときもあるよね」って寛大になれないと生きていくのが息苦しいものになると思うから。
意識的に「意識する」ことに努めることが今の私には大切なのかもしれません。それで失敗が無くなれはラッキーくらいな気持ちでいるほうが楽です。

なんだかまとまりのない文章ですが、これが今の私が思いつく考えや思いです。時間と経験の積み重ねで変わっていくかもしれませんが、それもまた人生ということで。いつか読み返したらおもしろそうだわ。

今回はここまで!最後までお読みいただきありがとうございました!!!

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