見出し画像

深読み 米津玄師の『BOOTLEG』最終章『灰色と青』②春は、あけぼの


前回はこちら





ポール・マッカートニーは、Beato Angelico(フラ・アンジェリコ)の絵『夜明け前の受胎告知』から『LET IT BE』や『GET BACK』を作った…

だから米津玄師もポールと同じ様に、この絵から『灰色と青(+菅田将暉)』を作ろうと考えた…


『Annunciation of Cortona』
Fra Angelico


そこで米津玄師は、清少納言に目を付けた。

あの絵から歌を作るには、清少納言がぴったりだと考えたからだ。


清少納言の代表作『枕草子』…

春はあけぼの… ですね。


春って曙よ!

だんだん白くなってく山の上の空がさ…


桃尻語訳はいいです。普通に行きましょう。



ちっ。つまらん奴だ。


春は、あけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。


春は夜明け前がいい。次第にはっきりとしていく山際が、少し明るくなって、紫がかった雲が、いくつも横に細くたなびいているのが美しい…


清少納言『枕草子』の有名な書き出し「春は曙」は…

まるで『夜明け前の受胎告知』に描かれる「失楽園」の風景のように聞こえる…



あれはどう見ても「春は、あけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる」だ。

もう、そうとしか思えない。


そして夏…

夏は、夜。月のころはさらなり。闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。


夏は夜がいい。満月の夜はもっといい。月のない闇夜にホタルがたくさん飛び交っているのもいい。一匹二匹のホタルが仄かに光りながら行くのも趣がある…


あの絵の天使ガブリエルと聖母マリアは「満月」の話をしているように見えます。

そして、仄かに光りながら飛んでいる「蛍」の話をしているようにも見える。



月のない闇夜にたくさん飛び交うホタルは、あの絵の下にあるプレデッラ(裾絵)に描かれた「マリアの臨終」だな。

マリアを囲む人々の頭が、まるで無数のホタルのように見える。



もう、そうとしか思えません。


ちなみに、この絵から「蛍」を連想したのは米津玄師だけではない。

他に誰がいるかわかるかな?


横溝正史ですね。

短篇集『金田一耕助の冒険』に収録されている『夢の中の女』は、この絵を「in other words」して作られた話で、「蛍」が重要なトリックとして使われています。



そして「夏は夜」は、「満月」と「蛍」の話のあと、「雨など降るも、をかし」で終わる。

しかし、あの絵には「雨」を表すものはない。

そこで米津玄師は、どうしたかな?


米津玄師は、「夏は夜」の最後「雨など降るも、をかし」を、次の「秋は、夕暮れ」にくっつければ『受胎告知』が再現できることに気付いた。


雨など降るも、をかし。
秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛びいそぐさへあはれなり。まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。


春の夜明け前には「遠く見えた」はずの「山際・山の端」が、夕日のさす秋には「とても近く見える」という。

つまり、アダムとイヴの失楽園が間近に描かれる、この『受胎告知』のことだな。



「雨」は、庭や床に描かれた水…

「夕日のさして」は、天から差し込む強い光…

「寝どころへ行く烏」は、家の中のコウライガラス(カササギ)…

そして「いと小さく見ゆる雁などの連ねたる」は、夕日の中に描かれた2つの手…



先程の「蛍」と同様に、この絵から「雨上がり」をイメージしたのは米津玄師だけではない。

他に誰がいるかな?


『(You make me feel like)A NATURAL WOMAN』を歌った Carole King(キャロル・キング)…



そして、キャロル・キングの『ナチュラル・ウーマン』を基にして『やさしさに包まれたなら』を作ったユーミン(松任谷由実)ですね。



その通り。

だから宮崎駿はジブリ映画『魔女の宅急便』の主題歌に『やさしさに包まれたなら』を選んだ。

キャロル・キングのアルバム『TAPESTRY(つづれおり)』のジャケット写真は『魔女の宅急便』のキキとジジにそっくりだからな。



そして米津玄師は「夏は夜」と同じ様に「秋は夕暮れ」の最後の部分「日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず」を「冬はつとめて」にくっつけた。

最後の部分は完全に日没後、つまり暗くなってからのことで、冬の早朝も同じ様に暗いから。


日入りはてて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。

冬は、つとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。霜のいと白きも。またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。


つまり、また「暗い受胎告知」に戻るということ。

「虫の音」や「いと白き霜」や「おこした炭火」のようなものが描かれた「暗い受胎告知」に…


「虫の音」とは、羽の生えた天使ガブリエルの声…

「いと白き霜・おこした炭火」は、マリアの膝の上にある本から立ち昇る白い湯気・煙のようなもの…

この絵のマリアは、まるで冬の夜明け前のように寒そうにしている…



マジ笑えるな。

まるで「冬はつとめて」の最後のオチのように(笑)


昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。


米津玄師は、清少納言『枕草子』の冒頭「春は曙・夏は夜・秋は夕暮れ・冬はつとめて」が、まるでフラ・アンジェリコの絵『受胎告知』のように聞こえることに気付いた。

そして清少納言の『枕草子』は、ビートルズのアルバム『LET IT BE』のオマージュ作品である『BOOTLEG』にピッタリであることに気付いたんです。


その通り…

そもそも清少納言の『枕草子』は、ビートルズのアルバム『LET IT BE』と、よく似ている…

『枕草子』とは、まさに『TWO OF US』であり、『I ME MINE』であり、『LET IT BE』であり、『I'VE GOT A FEELING』であり、『THE LONG AND WINDING ROAD』であり、『GET BACK』なのだ…


「写本」の存在もよく似ています。

『枕草子』には4つのバージョン「三巻本」「能因本」「堺本」「前田本」があり、それぞれ内容や構成が異なっている。

「三巻本」は清少納言が書いた原本に最も近いとされていますが読みづらく難解な部分があり、「能因本」は多くの加筆があり最もボリュームがあるものになっていて、「堺本」はバラバラな内容を読みやすいように大きく編集されていて、「前田本」は独自の章段があり他の3つとは大きく異なっている。



まるでアルバム『LET IT BE』の4つのバージョンのようだ。

ゲットバック・セッションを編集した『GET BACK』があり、映画『LET IT BE』の内容に合わせたバージョンの『GET BACK』があり、フィル・スペクターがオーバーダビングを駆使して大編集した『LET IT BE』があり、ゲットバック・セッションに最も近い『LET IT BE…NAKED 』がある。



4つのバージョンといえば、イエス・キリストの物語「福音書」もそうですね。

基本とされる『マタイによる福音書』があって、マタイとよく似ている『マルコによる福音書』があって、マタイやマルコにない話が入っている『ルカによる福音書』があって、マタイ・マルコ・ルカとは大きく内容が異なっている『ヨハネによる福音書』がある。


そして『枕草子』も『LET IT BE』も『福音書』も、GET BACK(元に戻すこと)が目的だった。


『福音書』の「GET BACK」とは、堕落によって生じた人の原罪を取り除き、人が再び楽園(神の国)へ戻ること。

『LET IT BE』の「GET BACK」とは、バラバラになった4人を再び1つにして、ビートルズが誕生した頃のようなロックバンドの原点へ帰ること。


そして『枕草子』の「GET BACK」とは…


つづく




この記事が参加している募集

古典がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?