人生で1番辛かった日。

9時半に起きました。
寝起き最悪。
なぜかわかりませんが、私が仕事に行けなくなった日の夢を見ました。
忘れたくても忘れることが出来ない『あの日』に心が戻ってしまって、布団に潜り込んで号泣。
もうあれから、6年も経つのに本当に酷いトラウマになっているんだと思わざるを得ませんでした。



『あの日』というのは、最初の就職先に行けなくなった日のことです。
私は23歳の時、とある施設の受付窓口という仕事をしていました。
私が大好きなライブとも時と場合によっては関われるような仕事でして。
就職が決まった時は嬉しく思っていました。


ですが、入社して早々の4月に要望が通らないと電話口で怒鳴る人に会ったり。
暗黙の了解を知らないとイヤミを言われたり。
今となっては客とも呼びたくないような常連が、就業先の施設に結構な数いることを知りました。


最近になって、無理難題をぶつける客に対してカスタマーハラスメントなんて言葉が一般的になり。
悪質な場合は罪に問われるような世の中にもなりましたが、6年前はまだまだお客様第一で。
一切悪くなくても謝らなければならないし、納得して貰えるまで何十分でも話を聞き続けなければならなかった。
(これは接客なら、どこでもあるかもしれませんね)
加えて、田舎ゆえに利用者ごとに暗黙の了解みたいなものがたくさんあったんです。



いつかは慣れると思って仕事をしていたのですが、怒鳴る利用者からの電話に運悪く何度か当たってしまい。
「また怖い人からの電話だったらどうしよう」と思ううちに、電話に出ることが怖くなって。
窓口にお客さんが来ることも怖くなっていきました。
業務に出られる状態ではなかったのですが、辞めたら自分がダメになると思い込んでしまって。
6月後半くらいからは泣きながら通勤する日が増え、帰りも上手くいかないことがある度にカフェに寄ってバレないように泣いてから帰るようになりました。

今考えれば、辛いならもっと早く辛いと言えばよかったんですよね。
「社会に出たら大人なんだから怖いことも我慢しなきゃいけない、我慢すべきだ」って思い込んでしまったのは良くなかった。
自分がおかしいことに気づけませんでした。



『あの日』のことは忘れもしません。
ちょうど務めてから半年、10月1日のことです。
私の勤務先は月の初日は必ず全員出勤しなければならないという規則でした。
でも、その日の朝。私は全部が壊れました。
とにかく職場に行くことが怖い。
怖くて怖くて仕方がない。
布団から起き上がれない、涙が止まらない。


今まで生きてきた中で1番怖くて絶望した日でした。
自分で職場に休む連絡もできず。
どうしようもなくて母から電話をしてもらって、その日は1日布団の中で泣き続けたことを覚えています。
今日は行かなくて済んだけど、明日からまた行かなくてはいけない。
考えるだけで怖くて怖くて仕方なかった。
もう電話に出たくない。着信音を聞きたくない。
事務室の扉が開く音が怖い。
接客対応することが怖い。
怖くてどうしようもなかったのに、それでも頑張れなかった自分が悪いし情けないんだと思いました。


私はその後、適応障害からうつになりました。
何度も復帰に失敗して社会に戻ることすら怖くてどうしようもない人間になってしまいました。
仕事で人と関わるのが怖いです。
他人を信用することも、迷惑をかけることも。
それから責任感に押しつぶされるのが怖いです。
最初の傷がここまで深くなければ、もう少し違ったのかもしれないけど。
何を言っても一度重症を負ってしまったから綺麗には治りません。
電話の着信音を聞くと恐怖を感じる後遺症が今も私に残っています。



上手に生きられない私だけど。
出来れば、もうあんな絶望がない事を祈りたいです。
それでは、またあした。

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