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【短編(ドラマ)】望美ィ

 朝、欠伸をしながら起きてきた望美のぞみはリビングのカーテンを開け放つと、強い陽光に目を瞬かせながら言う。

「ねぇパパ、公園でキャッチボールしない?」
「また急に。ボールとグローブあったっけ」
「私、グローブ持ってるよ。軟式のボールも。パパは素手で捕ればいいんじゃないかな」

 はぁ、と首を傾げながら正彦まさひこは、ずんだジャムを塗り広げたトーストを頬張る。ずんだジャムはこの間の仙台出張で買ったお土産だ。

 望美はインスタントのコーヒー粉を白いカップに入れ、熱湯を注ぎ、かき混ぜるとそこに牛乳を入れた。カフェオレの完成である。いちごジャムをトーストした食パンに塗り塗りし、コーヒーとトーストを交互に口の中へ入れていく。これが彼女の、日曜日の朝のルーティーンだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 アパートから10分ほど歩くと、大きな木々に囲まれた広い緑の公園がある。あまり草刈りをしないので、「ボーボー広場」と呼ばれている。
 しかしちょうど草刈りをした後なのか、草丈は靴が見える程度におさまっていた。

 ふたりは適当な形式だけのストレッチをして、腕をグルグル回すと、近い距離からキャッチボールを始めた。

「思い切り投げるなよ。こっちは素手なんだからな」
「分かってるよ。突き指して仕事休まれたら困るもん」
「いやそんなことで休まないよ。一応役職持ちなんだから」
「役職持ちだか、きなこ餅だか知らないけど」

 望美と正彦は徐々に距離を広げていく。その分、ダイレクトキャッチする正彦の両手はジンジンと痛みだす。

「なあ、ワンバウンドで投げてくれないか。手が限界だ」
玄界灘げんかいなだ播磨灘はりまなだか知らないけど」
「いやもういいでしょそのシリーズ! なんか流行ってんのソレ?!」
「私、テレビあんま観ないから流行りとか分かんないよ」

 オリジナルの冷え冷えギャグだったか。育て方を間違えたかも知れない。

 お互いに50球くらい投げた頃、正彦はふと疑問を持った。距離が離れているので大声で訊ねる。

「望美ィ、なんでオレたち、キャッチボールしてるんだ?!」
「今週ゥ、球技大会があるの! ソフトボールに出るから、皆の足、引っ張りたくないんだよね!」
「なるほど! でもこんだけ投げて捕れたら大丈夫じゃないか?!」
「まだまだ! ソフトボール部の子もいるし、しっかり練習しとかないと!」

 1日で部活の子に追いつこうとしてるのか……。とんでもなくハッピーな頭をしているな。
 望美が両手を振って、その後、何かを食べるようなジェスチャーをした。

「今日、お昼ご飯何ィ?!」

 正彦は腕組みしてしばらく考え、ポンと両手を合わせて答える。

「カレーライス! 豚肉の残りとニンジンと玉ねぎがあるから!」
「ジャガイモは? ねぇジャガイモ!!」
「帰りにスーパー、寄ってこう!」

 今度は片腕をブンブン振って、望美は大声を上げる。

「じゃあ、もうちょっとキャッチボールするゥ!!」

 どういうルートで考えてそうなったのか分からないが、昼がカレーライスだとキャッチボール延長になるようだ。やはりいびつな育て方をしてしまったのかも。

 あれから6年か……。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ジャガイモと夕食のお好み焼き用の具材を買い、家へ戻った。
 正彦がカレーを作る間、望美はリビングで小説を読みながら、鍋に一つ具材を投入するたびにキッチンを睨んでくる。なにか監視されているようで気味が悪い。

 監視の目をくぐり、なんとかカレーができ上がると、望美はそそくさと皿の準備をし始めた。どうやらお腹が減っていたようだ。

 皿にご飯を盛り、カレーをかける。カレーはふたり分を作るのが難しい。ニンジン1本、玉ねぎ1玉を使い切ろうとして、バランスを考え小さめのジャガイモを2コ入れると、結果4人分を作る羽目になるのだ。

「望美、なんでそんなチビチビ食べてるんだ」
「別にどんな食べ方でもいいでしょ。姑か」
「それを言うなら小舅こじゅうと……でもないな。普通に食べてくれよ。気になるだろ」
「だって……。ううん、なんでもない」

 しばらく黙食して、一杯目を食べ終えた正彦は、何かを思い出したように自分の頭をペチンと叩いた。望美がギョッとして彼を見る。

「……何?」
「オレさ、単身赴任の話、断ったんだ」
「えっ?! だって、会社命令だから従わないとって言ってたじゃん」
「そうなんだけど。もう一回、人事に事情を伝えて交渉したら、他の独り身の奴に話がいったんだよ。それでオレは行かなくてもよくなったってわけ」
「私のため? 私、おばあちゃんの所でも別に……。転校はちょっと嫌だったけど」
明美あけみと約束したからな。望美が社会人になるまではオレがちゃんと面倒みるって」
「ふぅん、そうなんだ。ま、それならそれで。私はおいしいカレーが食べられればなんでもいいや」

 突然、望美はカレーライスをガツガツ食べ始める。まるで獣のように。

 そして皿を綺麗に平らげると、ニカッと歯を見せ、元気良く言う。

「おかわり!!」

 〈終〉

※見出し画像はBing Image Creatorで生成しました。