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ゼルダの伝説 夢をみる島 音楽徹底評論 リメイク版ではどう変わったのか?

こんにちは、クレスウェアの奥野賢太郎です。今回は、2019年9月20日に発売されたNintendo Switch用ゲーム作品『ゼルダの伝説 夢をみる島』をプレイし、ひと通りエンドロールを見終わったため、感想をしたためます。特にゲーム音楽の観点から考察していきます。

本記事は当該タイトル『ゼルダの伝説 夢をみる島』(以下『夢をみる島』)をクリアした前提で、一部のシナリオや、エンディングの音楽演出についても触れるため、そういったネタバレを嫌う方はご遠慮ください。

ゼルダの伝説』とは、1986年に任天堂株式会社より発売されたゲーム作品で、世界中のゲームファンに愛されながら30年以上続く老舗のシリーズです。今回の『夢をみる島』は、ゼルダシリーズの一作として1993年に発売されたものを原作として、26年の時を経て最新のハードNintendo Switch向けにリメイクした作品となります。

筆者と『夢をみる島』

この記事を書くにあたり、これほどまでに高カロリーな内容を書くに至った熱源について、ひとつ触れておきます。

筆者はもともと音楽のアカデミックな学習を経て作曲業界に身を置いたことがありますが、さらにその前、学生時代に『夢をみる島』の音楽をほぼ全曲耳コピ※していました。(※耳コピとは、楽譜のない状態で音楽を聴いただけで、それを譜面に書き起こしていくこと。)

そして当時『夢をみる島』がもしリメイクされたら、という架空のテーマでいくつかの曲を自分で編曲し、その架空のリメイクに思いを馳せていたこともあったのでした。

そのため、今回Nintendo Switch用にリメイクされた本作の音楽たちは、自分にとって、いわば答え合わせのようなもので、特に思い入れの強い本作が任天堂のプロの手ではどのように表現されるのか、とても興味深いものがあったのです。

ドット絵の世界をリメイクするということ

当時の『夢をみる島』はゲームボーイ用のタイトルなので、画面はモノクロの粗いドット絵でした。音楽も、ゲームボーイというハードで鳴らせる限界である「シンセサイザーによる同時3音※」であり、グラフィック・音楽ともに制約があったわけです。(※ゲームボーイのサウンド仕様において厳密には異なるが、本稿では割愛。)

ゲームボーイの表現だけでは限界があるため、そこにはファン百人百様の脳内補完が存在します。例えば「この浜辺はモノクロだけど、鮮やかな赤い花と緑のヤシの木が茂る美しい風景なんだろう」とか「この音はシンセサイザーだけど、実際は温かみのあるオカリナの音色なんだろう」といったことを考えながらゲームを遊んでいるのです。筆者も、架空のリメイクを空想したくらいですので、随所でこういった解釈をしていました。

グラフィックに関しては「ゲーム攻略本」の挿絵によっていくつか表現が補われたりしましたが、音楽に関しては、20数年前ですと配信手段が限られており、なかなか補完の提供は難しいものでした。

20年以上時が経つと、当時遊んでいた少年少女はすっかり成人しており、脳内解釈は記憶の美化を伴い、ある意味偏った方向に固定化されます。そういった作品のリメイクでは百人百様の記憶の美化に対して、ひとつの答えを出してしまいます。人によってはその答え合わせに対して「不正解」と受け取ることも有り得ます。

「なんだあのリメイクスタッフ、原作のことを何もわかってないじゃないか」といった不満が漏れる可能性も含まれているということです。

先に述べておくと、今作『夢をみる島』のリメイクは、筆者としては100点満点中120点の完成度です。

押しつけがましい味付けをしない

今回のリメイクにあたり、グラフィック・スタッフは「押しつけがましい味付けをしない」と述べています。(※ゼルダの伝説ブログ 2019年9月18日閲覧)

筆者としては、このポリシーはグラフィックチームだけのものでなく、今作のリメイクに関わった全スタッフの暗黙的な総意だったのではないかと感じています。というのも、当時の脳内補完を忠実に再現している。記憶の美化という期待値のハードルを軽々と飛び越えてきており、これには非常に驚きました。

「ここはなんでこうしちゃったのかな…」とか「このシーン好きだったのに、思っていたのとなんか違う」というよくあるガッカリ感がまるで無く、グラフィック、音楽、ゲームの謎解き要素、どれをとっても「そうそうこれこれ」と感じるのでした。

続いて、音楽に関する「そうそうこれこれ」を紹介します。

ゼルダらしさ + ゲームボーイらしさ

リメイク版の音楽を担当されたのは、任天堂の永松亮氏です。

氏は2006年に任天堂のタイトルに関わられるようになってから、幾度となくリコーダーやヴァイオリンといった生の風合いが大切な楽器をゲーム音楽に取り入れられており、それまでのシンセサイザーメインのゲーム音楽から、より表現の可能性を広げられている印象のある作曲家でした。その永松氏が今回のリメイクに関わっているとなれば、音楽のクオリティだって低いはずがありません。

ブログにもある通り※、リメイク版の音楽は、ゼルダらしさを意識しつつも当時ゲームボーイの作品だったという事情も加味した編曲ポリシーをとっておられます。(※ゼルダの伝説ブログ 2019年9月19日閲覧)

筆者の考える、音楽でのゼルダらしさといえば、ファンタジックで壮大なオーケストラに少し混ざってくる民族感、アラビア風だったり、スペイン風だったり…。ところが今回の『夢をみる島』は、ひとつの小さな島が舞台。あまりに壮大すぎると島の規模と合わなくなってしまうことは、ブログでも触れられています。

この点の解釈で上手いなと思ったのは「ゲームボーイ原作のリメイクなのだから、ゲームボーイ同様に音数を限らせる」といった点でした。3音制限ではないものの、楽器の数をなるべく減らすことで、押しつけがましい味付けにならないよう配慮されています。

使う楽器は「ゼルダらしい」もの、そして音数は「ゲームボーイらしい」シンプルさにすることで、結果的に室内楽を礎とした世界観に統一されていく。この方向性の上で編曲された数々のBGMは、どれも『夢をみる島』の脳内補完に沿った、ファンが「当時思い描いていた音」になっているのです。

特に『夢をみる島』は原作当時から「歌」がキーワードとなっていたため、当時ゲームボーイの音源で表現されていた歌声が人の歌う声として収録された辺り、音楽面からみても今回のリメイクの意義はとても大きいです。

チップチューンという解釈によって蘇る音源

ここからすべての曲をひとつひとつ解説したい衝動に駆られるのですが、それはあまりに冗長なので、掻い摘んで、リメイク版での特に評価できる点を紹介していきます。

まずはチップチューンの採用。

チップチューンとは、ファミコンやゲームボーイといったゲームの黎明期を始祖とする、音源チップが出力するシンセサイザー音を主として制作された音楽のジャンルです。簡単に言うと「ピコピコ音」による音楽です。

2010年代にもなると、音楽制作における制約はほぼ無く、あるとすれば金銭的な事情の方が先に課題になるくらいなのですが、それでもあえて郷愁を誘うピコピコ音に魅せられてチップチューン作品を創作する方々が一定数おられます。

さて、『夢をみる島』では全体的な方向性が室内楽と決まったところで、ゲームボーイの音ひとつひとつを別の楽器に置き換えて編曲することも可能だったはずです。ところが今作では、あえてゲームボーイの原曲をそのまま使用していてる箇所もあるのです。

この動画は、リメイク版『夢をみる島』で2つめのダンジョンに差し掛かったところです。冒頭、高音で刻まれている音がチップチューンに相当する箇所で、これは原作での2つめのダンジョンのBGMと同じものがサンプリングされています。

こちらの動画は原作での同箇所です。曲の始まり方が原作、リメイク版ともに同一であることがわかります。

他の例も見てみます。

この2つの動画は、ダンジョンの最奥にてボスを倒し、主人公が重要なアイテムを手に入れる場面です。上がリメイク版、下が原作です。

敵を倒したことを示すファンファーレは、オーケストラによって派手にアレンジされています。ところが、左の部屋に移って重要なアイテムに触れるまでの間のBGMは、ゲームボーイと同じ音が混ざっています。さらに、重要なアイテムに触れてから鳴るファンファーレでも、リメイク版ではゲームボーイによるシンセサイザーのアルペジオが鳴り響きます。

よくある陳腐な発想では、このシンセサイザー・アルペジオ自体がハープなどの楽器に置き換えられてしまいそうなものです。しかし、リメイク版ではあえてシンセサイザーのアルペジオを主にしたまま、副としてハープが別のアルペジオを奏でています。

ここが今回のリメイクを120点と評価するに至ったうちのひとつ。原作ファンからすれば、敵を倒してアイテムを獲得するという一連の音楽体験は「この音色じゃなきゃだめ」なんですね。ここは脳内補完ですらない、このピコピコの音が強烈に記憶として残っているわけなのです。

今回のリメイクが全体を通して「そうそうこれこれ」で占められていたのは、こういった原作に対する解釈と、原作への尊重のバランスがとてもよいためでした。

リメイクだからすべての音を別の楽器で解釈し表現し直す…ではなく、あえて「原曲はチップチューンによって表現されている」と解釈した上で、それを取り込んだ編曲にしたところが、今回の編曲の方向性として、かなり良いものだと感じます。

あえて無音を活かす

チップチューン表現について熱くなってしまったところで、それ以外の面白い表現を紹介していきます。次にリメイク版ならではと感じたのは、無音の表現でした。

ゲームボーイで無音を表現してしまうと、スピーカーの故障?音量調整の誤り?といった機器の不具合が疑われてしまうほど、違和感のあるものになってしまいます。ところが、リメイク版では無音、正確には音楽をあえて流さない表現が、むしろ好ましい音響表現となっている箇所があります。

前節のボスを倒したシーンでも気付かれたかもしれませんが、リメイク版では環境音の鳴らし方にかなり気合いを入れているように感じます。例えばダンジョン内での燭台が燃える音、薪がバチバチと音を立てる様子、波の音、カモメの声、村での風の音や鳥のさえずり…。フィギュアのような艶のあるキャラクターが動き回るジオラマのような世界で、環境音については、あえて写実的なものを流しているようです。

これだけ環境音が豊かだと、音楽を流さないという演出が効果的になります。次の例は物語終盤、主人公がヒロインを救出する場面。上がリメイク版、下が原作です。

原作ではBGMが鳴りっぱなしですが、リメイク版ではBGMが止んで、ヒロインの声や風の音、主人公が橋を渡るときの足音が印象的に響きます。

さらにその後、重要なストーリーテラーであるフクロウが飛んできますが、そのフクロウが喋る場面でもリメイク版では音楽が鳴りません。ちなみにリメイク版でも、他の場面でフクロウが喋るときにはちゃんとBGMが流れます。唯一、ヒロインを救出したあとのこの場面に限り、BGMが流れないのです。まさに物語終盤の緊迫した心境変化を表現しているようです。

任天堂お得意の同一曲アレンジ違い

ちょうど物語終盤の音楽演出について触れたので、そのままアレンジ違いにも触れておきましょう。前節で紹介したフクロウが喋るシーンの続きです。上がリメイク版、下が原作。

原作では、フクロウが飛び去ったあと、もとのBGMに戻ります。リメイク版ではヒロインの救出シーンからここまで、ずっとBGMが止まっていますので、フクロウが飛び去ったあとにBGMが戻ってきます。そこである変化に気付きます。リメイク版ではヒロイン救出イベントの前後で、このBGMのアレンジが変化しているのです。

この曲は「タルタル山脈」という場所で流れるBGMで、ファンにも特に人気の高い音楽です。原作では物語中盤から終盤にかけて特によく耳にすることになる音楽で、ゲームが展開していっていることを実感させます。

リメイク版の「タルタル山脈」は、カスタネットやギターの軽快なリズムに、ヴァイオリンやチェロといった弦楽器群、クラリネットやフルートなどの木管楽器、そしてゲームボーイ音を重ね合わせた、フラメンコ風の編曲。導入ではGドリアン・スケールとGエオリアン・スケールを行き来する旋律となっており、この曲はゲーム内では比較的に聴く時間が長いため都合2回転調を重ねます。その間にトランペットのソロが加わるなど、ゲームボーイ版よりさらに高揚感のある編曲となっています。

そして、フクロウが飛び去ったあとのアレンジの変化ですが、まずカスタネットが居ないことに気付きます。リズムは勇壮なマーチスネアが担当するようになっており、さらにティンパニの低音が加わることで荘厳さが足されています。よく聴いてみるとテンポも違います。アレンジ変化前は140だったものが、アレンジ変化後は132まで落ちているのです。

このアレンジに変化するのは物語の最終盤であるため、原作のファンに人気な「曲の軽快さ」は序盤に維持しつつ、物語の局面に応じて少し重いアレンジに変更することで、音楽面からストーリーの盛り上がりをより補佐するようになっています。

ゼルダの伝説シリーズでは、伝統的に主人公は何一つセリフを発さないため、こういった音楽のアレンジ変化が、主人公の心境変化をフォローしていると捉えることもできます。特にこの場面では、ヒロインの救出からフクロウの語りまでずっとBGMの無い、やや緊迫した状況となっているため、そこから音楽が戻ってきたときの変化が印象的となるわけです。

ゲームの進行に応じてアレンジが変わること自体は任天堂のお家芸で『スーパーマリオワールド』でマリオがヨッシーに乗ったときに打楽器が足されたり、『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』でゲームの進行状況に応じてマップ画面のアレンジが豪華になっていくといった演出など、20年以上前から受け継がれている演出方法です。

『夢をみる島』リメイク版では、終盤のタルタル山脈アレンジの他に、ヒロインを連れて旅する場面で、すべてのフィールド音楽がリコーダーのみに変化する演出もありました。メインの曲のみ変化かと思いきや、すべてのフィールド音楽がすべてリコーダーアレンジに変化しており、その制作の労力に頭が下がる思いです。

容量制限を気にしない音楽作り

ゲームボーイソフトからNintendo Switchソフトに進化した中で、音楽の容量を気にしなくてよくなった点についても触れておきましょう。もちろん正確には無限ではないのですが、20年前のゲームソフトに比べて遥かに大容量であるため、もはや「容量を理由に演出を諦める」といったことは、しなくてよくなりました。

『夢をみる島』の原作でも、容量の制限は存在したと推測でき、いくつかの場面では同一のBGMが使い回されています。仮に当時、容量制限が無かったとしても、本体のシンセサイザー3音という音数制限ではあまり変化をつけることはできません。

リメイク版では、クレーンゲーム屋と釣りゲームのBGMが、どちらも同じメロディでありながらアレンジ違いとなっているほか、貝がらの館やラスボス戦に専用のBGMが充てられるなど、原作の使い回しを活かしたり、別の表現を取ったりと、様々な工夫がされています。

使い回しつつアレンジする演出については、ファンファーレについても挙げられます。重要なアイテムを取得したときのファンファーレが、そのアイテムによって異なるのです。例えば「黄金の葉っぱ」や「ヒミツの貝がら」を獲得するときの音や、オカリナの新しい曲を教わったときなど、ゼルダシリーズでおなじみのファンファーレが鳴るのですが、それぞれアレンジが異なります。

『夢をみる島』のBGMは大半がループする音楽ですが、そのループが短い曲についてもフォローがされていました。たとえば4つめのダンジョンのBGMは1ループがとても短い曲です。

上がリメイク版、下が原作です。ループの短い原曲を、ループが短いまま別の楽器に置き換えることはしていませんでした。

なんと、まったく新しい曲を作り、その曲に原曲をそのまま重ねるという手法でリメイクされています。ファンとしては、このダンジョンの曲は短すぎるのでどうするつもりなのか、発売前からずっと気にしていたため、この手法には驚かされました。6つめのダンジョンの曲でも原曲をそのまま重ねる手法が採られています。

よりシネマティックな演出を

ループ音楽を編曲する際に、ループ時間を変えずに楽器だけ取り替えてしまうと、同じ曲が何度も続いてしまい飽きを誘発させます。リメイク版では原曲はそのままに1ループを長くする、つまり編曲に多様性を持たせて同じメロディでも異なる楽器に演奏させていくことで曲全体を単調にさせない工夫がありました。

何度も訪れることになる「メーベの村」のBGMは、原作では約22秒で1ループします。対してリメイク版ではなんと1ループ2分25秒。曲自体は同じものですが、トイピアノから始まった曲は弦楽器、クラリネット、オカリナ、ユーフォニウムが加わるなどして編曲が様々に変化していきます。これは原作でいえば6ループ分に相当します。

このようにゲームボーイでの短いループを編曲によって伸ばすことは作中の随所で採り入れられていますが、特に演出効果の増したシーンがふたつあります。ひとつは、浜辺でヒロインの想いに耳を傾けるシーン、もうひとつは、おばけの願いを聞いて生きていた頃に住んでいた家に送るシーンです。

まずは浜辺のシーン。上がリメイク版、下が原作です。

原作でも画面が専用のグラフィックに切り替わり、波の音とカモメの声を表現しつつ、残されたシンセの1音を低音域と高音域で交互に切り替えて音楽表現に充てるという、かなり凝ったことをしています。ファンならばこのシーンがどうリメイクされるか楽しみにしたことでしょう。

リメイク版ではこの素朴さを限りなく忠実にアレンジしており好感が持てました。チップチューンの解釈でゲームボーイの音を多数取り入れている今作ですが、このシーンについてはゲームボーイの音を用いずに、別の柔らかい音色のシンセサイザーを採用しています。当時の限られた音数で頑張っていた情景描写の情報量を忠実に守りつつ、世界観を広げようとしている音色選択に感じます。

注目すべきは1ループの時間。リメイク版は原作の倍の尺で1ループするのですが、途中にオーボエソロが入ったり、美しいストリングセクションが加わったりと、ヒロインの切ない心理描写を支える役目を果たせています。そして見事にイベント開始からイベント終了に合わせて曲が1ループするようになっています。これは、メッセージを読み飛ばせば合わなくなりますが、自然な速度でメッセージをなぞって読み進めていると自然と合うようになっており、上の動画でもそのようになっているので確認してみてください。

よく見ると、メッセージ送りボタンを押して、キャラクターがリアクション動作を取ってから、次のメッセージウインドウが開くように実装されています。こうすると、ある程度秒数が逆算しやすいのです。原曲2ループ分の長さでイベントが終わるよう、リアクション動作を尺の調整に使った可能性を感じます。(その証拠に、ここまで毎回キャラクターがリアクションをとりながら会話するシーンはここのみです。)

続いておばけのシーン。原作では主人公がいきなりおばけに取り憑かれて、どちらかというと不気味で怖い印象しか残っていないトラウマイベントなのですが、リメイク版では一気にドラマティックなイベントへと昇華していました。

上がリメイク版、下が原作です。原作では25秒程度のイベントで、おばけが自分が生きていた頃に住んでいた家に帰ってきてコメントするだけのものでした。リメイク版では倍以上の1分が割り当てられており、ゆっくり我が家を懐かしみながら感極まっていく様子が描かれています。

音楽も原作の2倍の尺で1ループするようになっています。荒れた我が家を表現する切ないグロッケンの旋律、荒れ果てても変わっていない我が家に安心するおばけ、そこから懐かしさを感じつつ家を見て回るところで、木管四重奏が暖かく盛り上げます。プレイヤーの涙を誘ってきますね。そして、一通り満足してお墓に帰るとおばけが言い出すあたりでスッと木管楽器は抜け、曲の先頭グロッケンのみのAパートにループするのです。

浜辺のシーンもそうなのですが、このおばけシーンもあきらかに尺を計算して演出していると思われます。メッセージ読み飛ばしのタイミングはプレイヤーに委ねられていますが、それ以外のおばけのゆっくりとした動きで、おおよそ一周の時間が逆算できるためです。

このように、プレイヤーが操作しつつも、ある程度ゲームデザイナー側で動きや時間を決めることができる場合、得てしてゲーム音楽はその表現に沿った曲となります。映像に音楽を当てはめる映画音楽のような、シネマティックな表現となるわけです。今回取り上げた2シーンでも、原作の曲を変えずにアレンジを豊かにして尺を伸ばすことで、より印象的なシーンに仕立て上げることができたのでした。

オーケストラの使いどころ

さて、シネマティックといえば、ファンタジー映画のエンドロールはきらびやかで壮大なオーケストラと相場は決まっています。原作『夢をみる島』のエンドロール曲も限られたゲームボーイ音源のデューティー比(シンセサイザーの設定のこと)を何度も切り替えて、高音域や低音域を頻繁に行き来することで、たったの3音でオーケストラのような派手さを表現していました。小学生だった筆者も当時、よくここまで派手な音楽をゲームボーイで表現できるなと、感心したことを覚えています。

リメイク版のエンドロールはというと…、やってくれました!期待通りの大団円オーケストラです。

これまでの編曲が室内楽の傾向にあったため、最後にでっかい花火が上がったかのような、ド派手なハリウッド・オーケストラに仕上がっています。ゼルダの伝説といえばオーケストラですが、島の脱出に成功して、もとの世界に戻っていく様をその音で表現したような印象も受けます。

曲の後半には、ファン感涙必至の永松氏の遊び心も隠されており、とにかく「これが『夢をみる島』のリメイクだ」と納得するには充分すぎるものに仕上がっています。

エンディングは、ぜひご自身の目と耳で確認してみてください。

「リメイクかくあるべし」を示した任天堂の心意気たるや

原作の音楽の大ファンだった筆者が、100点どころか120点を付けた今作。任天堂の、リメイク作品に対する姿勢といいますか、新旧のファンを大切にする熱い気概を感じる内容となっておりました。ファイナルファンタジーや聖剣伝説といった90年代作品のリメイクが絶えない昨今ですが、『ゼルダの伝説 夢をみる島』は、リメイク作品のクオリティに対するひとつの試金石になったのではないでしょうか。

もしまだ遊ばずにこの記事を読んだ方がおられれば、ぜひ一度遊んでみてほしいです。とても楽しい体験になると思いますよ。それでは、また。

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奥野賢太郎 / Crescware

クレスウェア代表、エンジニア。作曲業界、Web業界を経て『Webと音楽の融合』を使命に独立。ミュージシャン時代の経験を生かして、音楽との触れ合い方を変えるサービスを開発中。 https://okunokentaro.com

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