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もう終わりにしようよ

会社を出ると、外は真っ暗だ。
都会と違って電灯が少ない帰り道、一人自転車を走らせる。
モヤモヤした自分の気持ちが暗闇で行き場を失って、心の奥底に淀みがどんどん溜まっていく。

思い通りにならない出来事が多くて、なぜ自分ばっかり、、といじけながら、転勤先の地方都市で2回目の夏を迎えていた。
他人とのコミュニケーションを極力避けることが増えていた僕は、金曜の夜から土日にかけての週末、ケーブルテレビで映画とプレミアリーグを見ながら、コンビニやスーパーで買い込んできた酒をひたすら飲むのが習慣になっていた。
アルコールは一時的にモヤモヤを吹き飛ばして、頭を悪くしてくれる。 

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一人で飲み続けて酒が切れるタイミングは大体真夜中だった。
渋々イヤホンをして夜に合いそうな曲で耳を塞ぎ込みながら外に出て、近所のサークルKの喫煙所に向かう。
僕は真夜中のコンビニ灰皿の常連だった。
夜中が朝に変わるような時間帯に行くから、大体いつも人はいない。

だけど、いつも缶ビールを飲みながら何本目かのタバコを吸うタイミングで、一人で暇そうにレジに立っていた店長が外に出てくる。
「僕もちょっといいですか」と決まり文句を言って、店長は僕の隣で吸い始める。
レジはすっからかんだから少しヒヤヒヤするなと思う僕に、よく話しかけてきた。

「いやー、まだ7月なのに暑いっすね」
「本当ですね」
「よく来てますよね、一人で飲む派ですか?」
「うーん、最近は一人が楽ですね。
 この時間帯、いつも店長お一人じゃないですか?」
「バイトが誰も入ってくれないんですよ、予定あるとか言って。
 お客さんは予定とかない感じですか?」

こっちには知り合いも少ないからあんまり入らないんですよと苦笑いして応えながら、ズケズケと人の予定聞いてくるのはうざいなと思っていると、長い間会っていなかった友だちとした約束がふと頭をよぎって、iphoneを取り出す。
日付は「2015年7月12日」になっていた。
今日、予定あるじゃん。

店長との会話を適当に切り上げて、急いで家に帰って、ベッドに潜り込む。
最近土日はいつも昼過ぎまで寝ているから、不安だ。
予定自体はどっちでも良いと思っていたけど、久しぶりに会う友だちとの待ち合わせに遅刻したくない。
アラームを何重にもかけながらそんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。

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案の定寝坊してしまった。
「本当にごめん、田舎住みだから遅れます」
グループLINEに打ち込んで、適当な服を着て最寄駅に向かう。

近鉄に乗り込むと返事が来ていた。
「僕らも田舎住みです笑」
本当にごめんと返事をして、名古屋駅で名鉄に乗り換える。
段々と駅のローカル感が増していく風景を見ながらうとうとしていると、いつの間にか集合場所の駅に着いていた。
降りても人気の少ない駅の改札を出ると、すでに車で迎えに来てくれている。
「やっと来た、行きますよ!」

この日は、大学時代にライブハウスで知り合った年下の友だち二人と数年ぶりに再会し、岐阜の各務原市で毎年行われている「OUR FAVORITE THINGS」に行く日だった。
僕が一番行った回数の多い、お気に入りのフェスだ。
バンドマンだった二人は地方に住んでいたけれど遠征でたまに東京に来ていて、僕がライブハウスでやっていた小さなイベントに出てもらったことがある。
イベントが終わった後、「飲みニケーションが一番大事だよなあ」とかもっともらしい事を言って朝までだらだらと飲んだことも何回かあり、大学卒業してライブハウスから足が遠ざかってからもなんだかんだで緩く繋がっている仲だった。

久しぶりに会う二人と車の中で中身のない話をして、会場に着いてからは、たくさん酒を飲んでタバコを吸った。
話は尽きなくて、ただただずっと面白くて笑っていた。

そして自由気ままに、寝転んだりステージぎりぎりまで行ったりしながら、音楽を聴いた。
めちゃくちゃ楽しい。
少し来るのが面倒くさくて行くか迷いまくていたけれど(3時間くらいかかるし)、来てよかった。誘い出してくれた二人のお陰だ。

それに社会人になってから、初めての夏フェスだった。
会社に入ったら、なんとなく音楽に関わる仕事ができようなイメージがあって、少し期待していた。だけど、思っていたような仕事を担当させてもらえなくて、「もはやライブは遠い存在だしな」といじけてフェスやライブハウスから離れてしまった。誘われても、理由を付けて断ることも多かった。
人と飲むのも久しぶりだった。自分は理不尽な目にあっていると悲劇のヒロインぶって、「一人で飲んだ方が生産性あるでしょ」と達観したフリして、飲み会や仲が良かった同期のことも出来るだけ遠ざけてしまっていたからだ。 

でもやっぱり音楽を生で聴くのは圧倒的に楽しいし、酒も人と飲む方が楽しい。
そして好きな人と音楽を聴きながら飲む酒は格別だ。
この日は、それを再認識できた。

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真昼間の時間帯のステージに、お目当のバンドが出てきた。
年齢的に同級生だからその才能に少し嫉妬しながら、カッコ良くて毎日聴いていたYogee New Wavesだ。
ライブは初めて見る。

ライブハウスには行かなくなっていたけれど、シティポップが流行っていてその代表格がヨギーだという事は僕も知っていて、音源は夜中のコンビニに行く途中で何度も何度も聴いていた。
特に聴いていたのが「Climax Night」だ。
感傷的になりたくて、一人でいることにエクスタシーを感じたくて聴いていた曲を、日差しが照りつけるなかでたくさんの人と初めて生で聴いた。

目が見えなくとも 姿形色が分かる
ような気がしている僕らじゃ
何も得ることはできないのだろう

Climax Night / Yogee New Waves


ライブでみんなで口ずさみながら聴いても、この曲は格別だった。
一人で聴くもんだと勝手にこだわっていた僕は、バカみたいだった。

いろんなことがわかった気になって、納得したふりをして、一人を選んでいた。だけど、そうじゃなかった。
2015年7月12日は、僕の気持ちがはっきりと切り替わった日で、今でもはっきりと当時の気持ちを思い出せる。
フェスが終わった後、ラーメンを食べて、集合場所と同じ駅で友人とはお別れした。
一人で3時間くらいかけて家に帰る道は寂しかったけれど、気持ちはすっきりとしていた。

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この日がなかったら、多分よくない方向に進み続けていた。
大げさではなく、今とは違う人生になっていた気もする。
何より、この日の幸せな思い出がない人生は、あまり考えたくない。
思い返すと、僕にとって転機となるような日はいくつかあるけれど、いつもいつもこの時の年下の友人のように、人に引っ張り上げてもらっている。

今年のOUR FAVORITE THINGSは、中止になってしまった。
できれば来年は無事に開催されて欲しいし、また音楽を気ままに聴きながら、友だちと酒を飲みたい。
そして、5年前のような幸せを感じられるような日がまた来ることを、心待ちにしている。


Climax Night / Yogee New Waves

<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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