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事件は国分寺のマンションの一室で起きた

大学4年生の頃、就活を終えたと同時くらいのタイミングに、仲が良くて色々と面倒を見てもらっていた一個上の先輩から「久しぶりに会おうぜ」という連絡をもらった。
ぜひ進路の報告をしたいですと返信すると、待ち合わせ場所は国分寺駅近のタリーズを指定された。先輩は、最近国分寺でよく遊んでいるらしい。

タリーズの中に入ると、すでに先輩は到着していた。
学生時代と変わらず元気そうな先輩と向かい合わせで座って、お互いの近況報告をした。
先輩は新卒で入社した会社を、1年経たずに辞めたという。
起業したいからいつかは辞める予定、などと言ってたからそんなに驚きはしなかったけれど、会社を辞めた理由を聞くと「おや?」というものだった。

「なんかさ、一生懸命働いてそれなりの給料もらうの、格好悪いなと思ったんだよね」

それがサラリーマンというものなんじゃないのかと学生ながらに思っているとこう続けた。

「たとえば楽にお金を稼げる仕組みを作って、南の島でゆっくりする時間を大切にするとかさ、人生ってそういうことだと思うんだよね。余暇の割合が、仕事の時間の100倍みたいなさ」

そりゃできれば自分もそうしたいものだけど、そんなの無理だろと訝しんでいると、先輩は真剣な顔で言った。

「オレ、太と一緒に仕事したい。太みたいなやつと、新しいことしたい」

先輩は何か事業をはじめるらしく、それを手伝って欲しいということだった。
来年から働く会社は副業はできないけどなあと思いつつも、誘ってくれたこと自体は嬉しかった。

先輩はその事業をすでに少しずつ始めていて、国分寺に住んでいる友だちに相談しているという。
その友だち経由で人脈が広がって、最近は国分寺でよく遊ぶようになったと言っている。

「友だちが鎌田さんって言うんだけど、太にも合わせたくて。めっちゃ面白くて、頭良い人だから繋がっておくと良いと思うんだよね。良いかな?」

僕らはタリーズを出て、フットサル場の近くにあるマンションに向かった。
そこに鎌田さんがいるという。



鎌田さんがいるマンションの一室は、モデルルームみたいで、少し生活感のない部屋だった。
鎌田さんは笑顔で迎え入れてくれた。

「サッカー好きなんでしょ?」

先輩から事前に僕のことを聞いていたらしく、しばらくサッカーの話をはじめた。
サッカーに詳しい方だったので楽しく話して、今度隣のフットサルコートで遊ぶ時は誘うよ、なんて話になった。

しばらくすると、部屋のインターフォンが鳴った。
鎌田さんの彼女だという女性が、中に入ってきて、愛想良く挨拶してきた。
何やら、大きめのバックを抱えている。

4人で机を囲んで話していると、先輩がかしこまって話し始めた。

「太と一緒にやりたい事業の話、今から話すね」

そうだった、そういう話だった。
先輩は、なんだかすごく緊張している様子だ。

「◯◯って知ってる?」

知ってた。
マルチ商法で有名なやつだった。
そこからは、なされるがままだった。

鎌田さんの彼女が持ってきた大きなバッグの中からいろんな商品を取り出し、僕の手にハンドクリームを塗りたぐって「こんなにスベスベになるの信じられる?」と言ったり、汚れたワイシャツに洗剤をかけて「こんなに綺麗になるなんて信じられる?」と迫真の演技を見せたり、最終的には自分たちがマルチ商法ではない理由を列挙しまくるという、ツッコミどころしかない時間が続いた。
鎌田さんカップルが僕を仲間に引き入れようと必死にプレゼンしているとき、先輩はノートに必死になにやらメモを書いていて、それがあまりにも間抜けだった。

僕が一貫して興味無さそうにしていると、鎌田さんカップルが「早く帰れよ」感を出し始めた。
そそくさとマンションを後にすると、先輩があとから慌てて追いかけてきた。

「いきなりごめんね。でも、オレは太とビジネスやりたかったんだよ。あれ、マルチじゃないから安心してね」

と話しかけてきて、必死にもう一度マンションに戻って説明を聞いてほしいだとか、後日改めて話させてくださいとか言ってくる。
結局、国分寺駅の改札ギリギリまで先輩は着いてきた。
電車に乗ってからもメッセージがどんどん来たので、僕はあらゆるSNSで先輩をブロックして終わらせた。



そんな出来事から、何年も経った。
先日、仕事中に情報収集でネットサーフィンしていたとき、とあるインタビュー記事を見つけてコーヒーを吹き出しそうになった。
マルチ商法に捕まっていた先輩が、起業家になっていたのだ。
事業の内容はマルチではなく、社会貢献性の高いものだった。

マルチから足を洗って正気に戻って夢を取り戻したのか、いやはやマルチで得たお金を元手に事業を起こしたのか。。
その真相はわからないが、とりあえず元気そうなことはわかった。

「人間、踏み外しても平気な顔してやっていけるもんだなあ」

ちょっと複雑な感情が湧きつつ、案外図太く生きたほうが幸せかもなあと少し勇気をもらっている自分がいた。


マヌケなクインテット / 髭


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗などを経て、会社員を続ける。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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