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エッセイ㊶ 『今でも覚えている贈るコトバ』

どうも、シンスケです!

今年は暖冬の影響もあり、卒業の門出を祝うように桜の花びらがあちらこちらと、パステルカラーに染まっていました。そんな早咲きの桜を車の窓越しに見ていると、今年もまた思い出すコトバがあります。

なぜカタカナで書いたかというと、中学生だった私は、そのコトバを言葉という意味では理解が出来ていなかったのだと思います。

当時、卒業式が終わると卒アルを開いてクラス写真や、先生達の贈る言葉を眺めていました。その中には、感慨に浸る生徒達とは裏腹に、意外にも定型文にも似たような贈る言葉が並んでいました。

(そりゃ何周目かも思い出せない、思い出の3年間を繰り返しゃ、こーなるか。)

少しだけ冷めた気持ちになっていると、「ん?」と目に留まった言葉がありました。

『50年かけてできない事など、この世の中になにもない』

国語の先生の言葉です。

待ったく理解が出来ていなかった私は、(え?何で50年??つーか、ピッタリ50年なの???)などとひねくれて、50年あれば空でも飛べるのか!と突き放すように卒アルを閉じました。

しかし、卒業から20数年経った現在もその言葉だけは忘れずに覚えていました。不思議ですね。言葉って案外少し引っかかったり、理解が出来ていないほうが記憶に残っていたりするのかもしれません。

はたまた、当時からその言葉だけを信じて空を飛び続けていたら、現在はエアホッケーの円盤の様に少しだけ宙に浮いているのかな?

流石、国語の先生。コトバがお上手。

ーーーおわり



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