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7091日

だそうだ。死ぬと仮定した日まで、あと7091日。これは「7091日"も"ある」のか「7091日"しか"ない」のか、どちらなんだろう。うーむ、気持ち、ちょっとだけ"しか”寄りでほんのり緊迫感あるか、というTKO勝ちである。

55歳で死ぬ、と思って、生きるようにしている。20代後半あたりからだったはず。

生き急ぎたいわけじゃないけど、終わりが見えないとだらだらといってしまう性格なのもあり、死という境界線がそこにあるんだぞ、と日々言い聞かせている。

「死ぬのに失敗した人間はいない」

作家で博物学者である、荒俣宏さんが、養老孟司さんとの「ワンダー」をテーマにした対談のなかで話していた言葉だが、そう、死ぬことに成功も失敗もなく、みんな必ず向かっていける世界(異界?)だ。

荒俣さんとのやりとりの中で、養老さんはこうも話していた。

「(世の中が変わるよりも)自分が変わったほうが早い」

ほんと、そうなんだよなぁ。時間が経過し、年を取るだけで、何かが変わるわけじゃない。自分に良いようにまわりが変わることを受け身で待ってたら、無念のまま、くたばっていく可能性が高い気がする。だから、環境を変えたいこと、熱量を持てることは、こっちから仕掛けたほうが断然いい。できれば、なまけず仕掛けたいから、なんとなく〆切を意識しておく。

そんなあんばいで残り20年を過ごせたらと。

死はこわいもんじゃない。それに、もし死んだあと、魂だけが残り、幽霊みたく自分の意識があるとしたら、一体どうなっちゃうんだ〜〜〜!?(トム・ブラウン風)、という楽しみすらある。死んでみてからしかわからないこともあると思えば、それはそれで一つの実験かもしれない。

もちろん、終わりがあるぶん、55歳を過ぎても、死の気配がなければ、ラッキークッキー長生きー、とガモウひろし先生に感謝しようかと思っている。56年目からは、アディショナルタイムで、ボーナスゲームである。第二の人生と思って、まあのらりくらりと行きたい。あ、これ、昼寝すると一日が二日になる感覚に近いなぁ。

まあ何はともあれ、7091日だ。これはあと「(約)20年」や「240ヶ月」じゃあまりピンとこない。「時間」や「分」「秒」だと数字が大き過ぎる。ちょうどいい緊迫感をくれるのが「日」計算っぽいぞ。

そういえば、さっき、ひさびさのチュートリアルの単独ライブ(新ネタ!)の先行受付に申し込んだ。チケット当選すれば、ちょうど誕生日と重なり、いいプレゼントになる。当たっておくれ〜〜〜。


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