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週刊 表の雑記帳 第一三頁_健康寿命延伸を掲げる日本でますます重要な腸内微生物叢の研究

 今週の目についた報道はtwitter参照。

腸内微生物叢の新たな型を新発見

 最近早稲田大学の研究グループから興味深い論文が発表された(こちら)。ヒトの腸内微生物叢(腸内フローラ)は三つのエンテロタイプ(腸内微生物叢の型)に分けられるが、その全てに共通してみられる細菌群を発見したとのこと。この細菌群にはClostridium属の細菌が多いことからC細菌群と名付けられている。研究内容は早稲田大学のウェブページで分かりやすく紹介されている(こちら)。

 著者を見る限り同じ研究グループだと思うが、今回の論文で解析されている各細菌群の国による違いは彼らの以前の研究成果とも整合する(こちら)。こちらでも日本人の腸内微生物叢はユニークであり(下の図A)、Clostridium属が少なくBifidobacterium属が多いことを明らかにしている(下の図B)。Bifidobacterium属はいわゆるビフィズス菌のことだが、ビフィズス菌はでんぷんを分解する酵素を多く有している有用菌として知られており、お米をよく食べる日本人に多いのも納得だ。

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 ちなみに、今回の早大の研究ではB細菌群は米国やチャイナの腸内微生物叢に多く、P細菌群はマラウイやベネズエラ、ペルーの腸内微生物叢に多いことも分かっている。B細菌群で優勢なのはBacteroides属だが、こちらの食事と腸内微生物叢との関係を調べた論文によると、Bacteroides属は動物性脂肪や種々のアミノ酸、飽和脂肪酸と強い関連があり、お肉を多く消費する食文化と関連がありそう。米国やチャイナによくみられるというのも頷ける。一方でP細菌群で優勢なPrevotella属は炭水化物を多く消費する食文化と関係があるそうな。その意味では日本人でP細菌群が少ないのが少し不思議だが、そこは代わりにBifidobacterium属が多いR細菌群がその役割を担っているということなのかもしれない。

日本人の腸内微生物叢は健康的

 日本人の腸内微生物叢にBifidobacterium属が多いというのは朗報だ。最近ではBifidobacterium breveが潰瘍などの小腸へのダメージを軽減してくれることが分かっていたり(こちら)、一つ一つ引用元を明示しないが一般的にBifidobacterium属は下痢や腸炎などの症状を改善したりアレルギー性疾患(アトピー性湿疹、アレルギー性鼻炎、アレルギー性下痢など)を改善したりすることが知られている(こちらの論文のintroductionにまとめられている)。

食べ物と腸内微生物の関係、そして病気への影響

 腸内微生物に関する研究は熱い分野で、日々新たな発見や報告が生まれている。例えば先月論文に掲載された研究で、赤身の肉を食べたときに腸内微生物により産生される物質が我々の動脈を傷つけ、心疾患のリスクを上げるという報告も(こちら)。まあこれは赤身の肉が唯一の原因というわけではなく、動脈へのダメージには老化というのが最も大きい要因ではあるのだが、そこに赤身の肉を食べたときの物質産生も更に寄与する、ということだ。

 又、先月末に論文掲載された別の研究(こちら)では、肝硬変の診断に用いることができるかもしれない腸内微生物叢を発見したとの報告があった。つまり、その腸内微生物叢の情報と、年齢や簡単な血液検査(血清中アルブミン濃度やAST濃度)だけで、肝硬変を高確率で診断でき、更に肝硬変をその前段階の繊維化の状態から鑑別可能であるという。通常、脂肪肝から繊維化を経て肝硬変に移行していく様を観察するには、MRIや肝生検といった高額で侵襲的な検査を要することが多いが、この方法では早く簡便に診断に結び付けることができる。

高齢化社会を迎える日本で特に重要な腸内微生物叢研究

 このような腸内微生物叢の研究が進むことは、高齢化社会を迎え人生百年時代なんて言われ始めた日本では極めて重要だ。近年糞便移植によって炎症性腸疾患を治療することも注目を集めているが、そこまで直接的ではなくても腸内微生物叢が疾患の治療に影響することは知られるようになってきている。例えば京都大学の本庶佑特別教授がノーベル賞を受賞したことで有名になった癌の治療薬であるオプジーボ。これはPD-1という免疫チェックポイントを標的とする薬だが、オプジーボをはじめとした免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる癌治療薬の効き目もどうやら腸内微生物叢に関係しているらしいということが分かってきている(今年のASCO米国臨床腫瘍学会でも発表があった)。まだどの微生物が重要なのかというところまでは明らかになっていないが、少なくとも腸内微生物叢の多様性が失われることで薬剤の効き目が小さくなることが報告されている。これは、免疫チェックポイント阻害剤での治療前に抗生物質を投与された患者で効き目が小さくなっていることから確かめられた。

 このように、腸内微生物叢の研究は予防も含む病気の発症の背景から実際の治療効果まで、健康に関わる全ての工程に関与する極めて重要なものである。平均寿命だけではなく、健康寿命こそがより重要だと認識され始めた昨今、我が国における腸内微生物叢の研究は更に大きな意義を持っていくだろう。この分野のますますの発展と、しっかりとした国からのバックアップを期待したい。

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