見出し画像

牛丼矢の如しだった話。

先日の仕事帰り、数年ぶりに牛丼屋に立ち寄った。

定時に上がる予定だったのが、気付けば22:17。
想定外の残業に疲れた日の社会人は、夜ごはんをUberEatsやちょっとジャンクなものにして自分を労う習性がある。

心身ともに健康なときは避けがちな最近家の近くにできたチェーンの牛丼屋。
今こそ扉を開くとき。

不慣れさを出さないよう胸を張り、24時間営業の看板が光るお店のドアを開く。

「いらっしゃいませ〜」やる気があるのかないのかギリギリわからんバイトのお兄さんの歓迎を受けながら、入り口の脇にある券売機の前に立つ。

さてさて…最後に牛丼屋に行ったのは大学生の頃か?すっかり疎遠になっていたお店なので勝手も作法もわからない。
とりあえず持ち帰りってボタンまでは押せたんだけど。
何にしようかしら。何故こんなことでと思いつつ、ちょっとしたドキドキを味わいながらとりあえず券売機の画面をタッチして、「牛丼」のメニューを押す。

まず目に飛び込むのはノーマルな牛丼。
艶やかな牛肉と玉ねぎが白米に盛られた写真はもはや美しい。
シンプルイズベスト。もうこれでいいし、むしろこれがいい。牛丼ブランクを抱えたどんなお客さんにも寄り添ってくれる、安心安定の君に決めた。

そう思ってボタンに手が伸びた矢先、その下にある文字に目が止まる。

「3種のチーズ牛丼」

これは…しばらく前にTwitterでよく見かけた「チー牛」ってやつ…?

単語の意味はちょっとよくわからないけど、揶揄するような意味だった記憶だ。

気付いたら手が勝手に3種のチーズ牛丼並盛りのボタンを押していた。
疲れた日の社会人は何かしら冒険したくなる習性もある。

支払いを済ませ発券した後、この券をどこに持っていけばいいのかとうろうろしていると、バイトのお兄さんに「ご用意しますのでおかけになってお待ちくださ〜い」と声をかけられる。

承知した、待つぞ。御店のチー牛とやらをな。

先ほどのうろうろで不慣れ感をダダ漏らししてしまった小っ恥ずかしさを隠すように、やたら堂々とお持ち帰りの人専用の椅子に座ろうとした瞬間、

「お待たせしました〜」

空いた店内に響く、絶妙に間延びしたお兄さんの声。

「42番のお客様、お待たせしました〜」

再び呼ぶお兄さん。

42番。

手元にある自分の券を見る。42番だった。


…えっ?


はやくない?


ぽかんとした私の方をみて、お前しかおらんやろの顔をしているお兄さん。

慌てて受け取り口に向かいマイ「チー牛」を引き取る。

発券から商品が出てくるまで、およそ30秒程の出来事だった。
およそ食事が作られるのに適した時間とは思えない爆速さだった。
でも私のチー牛はたしかにここにいる。ほっかほかの状態で。
時間が経つのってはやいね!って言葉で「光陰矢の如し」は聞いたことあったけど、牛丼も負けてなかった。

「必要なものこちらからお取りくださ〜い」

促されるまま、とりあえず割り箸と紅生姜と使うかわからないけど七味ももらっておいた。

家までの道中も頭の中では冷静な自分と興奮した自分が各々
「いや流石に出てくるの速すぎじゃない?わろ」
「まぁいっても米に肉乗せてるだけだから妥当な時間ではあるのかも」
「それ差し引いてもってかんじなんだけど」
とかなんとかおしゃべりしていた。
疲れた日の社会人の脳内にはだいたい2、3人くらいの人格が常駐している。

ようやく家に着き、手洗いうがいもそこそこに大事に大事に運んできた私のチー牛の容器のフタをあける。

THE・ジャンクフード。

湯気と一緒に甘いタレのにおいがふんわり香り、つやっとしたお肉の上にはこれまたつやっつやにとろけたチーズが乗っかっていた。

「きれい…」

しばらく前にスカイツリーに訪れ夜景を見下ろした時と同じセリフが口から出てしまった。

チーズが固まってしまうと勿体無いので、急いで割り箸をあけて手を合わせる。

「いただきます」

心から。

とろけたチーズとお肉を、タレのしみたご飯と一緒にすくい、口に運ぶ。


…うまい。

うますぎる。

甘いお肉とコクのあるチーズのハーモニー。
こんなにジャンキーな組み合わせ、発明されてまだ2、30年くらいのもんじゃないの?実は地元が一緒で生まれた時からの付き合いでしたと言われても違和感ないレベルの絆を感じるうまさだった。

そういえば「つゆだく」とかって選ぶボタンなかったけどしっかりつゆがだくってるな、とか、こういうジャンクフードは「おいしい」じゃなくて「うまい」って言いたいよな、とか、いろいろ薄っすら考えながら食べてはいたけどチー牛がうますぎて全部忘れた。

これを好む人が「チー牛」として揶揄されるのであれば、私は正々堂々と揶揄されに行きたい。

こんなにおいしくて安くて爆速で出てくる食べ物って他にある?
いや、ない。

中学の時習った反語も記憶の引き出しのどっかから飛び出てくるくらいの衝撃。

なんかほんと、誰に言えばいいのかわかんないけど。
ありがとね。ありがとう。
おいしくて、ありがとう。
美味しいものは人から語彙を奪う。

せっかくなのでもらってきた薬味も使ってみたい。
4分の1くらい食べ進めたところでタバスコをかけてみた。


…うまい。

うますぎる。

なめらかな味に慣れきった舌にタバスコの酸味と辛味が最高の刺激になっている。
たった500円で受け取れる商品にしては出来すぎたサービスだ。
運営はもっと金を取っていい。

半分ほど食べ進めたところで、今度は紅生姜を乗せてみた。


…うまい。

うますぎる。

酸味が合うのは確認済みなのできっとおそらくとは思っていたがまさかこれほどとは。恐れ入ったどころの騒ぎではない。
タバスコの良さに、さらに生姜のシャキシャキ感が加わって最高を超えていた。
これを表現できる語彙は私の狭い引き出しの中には持ち合わせていない。
なんて言えばいいのかわかんないけど、ほんと、とりあえずありがとう。
牛も人も。
スポーツ選手がよく言う「支えてくださった皆さんに感謝」って気持ち、今、なんとなくわかったよ。

最後の米1粒までしっかり全部食べ終わり、手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

心から。

明日からまた頑張ろう。

うまい牛丼食べるために。


年のせいなのかもわからんけど、次の日しっかりニキビができてた。

書いてあることは全部、冗談とユーモアです!