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祖母の暮らす街に憧れて

海のない田舎で生まれ育った私にとって、祖母の暮らす街は憧れそのものだった。家を出て5分も歩けばビーチの風を感じられるし、海にちなんだ名前の大きなデパートもあった。
いつからか「第二の故郷」なんて呼んで、帰る度にSNSへの投稿には海の写真と共に「ただいま」「また帰ってくるね」という言葉を添えた。


数年前の夏、私の勤める会社にもテレワークが導入され、1週間くらい祖母の家に滞在した。昼休憩に炎天下の中を歩き、海を見に行く。夕方、仕事が終わってからまた海へ行き、夕陽が沈む瞬間や帰っていく船、野良猫の軍団をぼーっと眺める。こんな生活が日常になればいいと思った。

もっと前の夏、私が小学生の頃。初めて一人で新幹線を乗り継いで祖母の家へ行った。両親は途中の駅まで送ってくれたし、買ったばかりの携帯電話を持たせてくれたけれど、不安でいっぱいだった。
駅に着いて、祖母の顔を見た時はすごく安心した。毎晩味噌汁をリクエストしたり(当時、祖母の作る味噌汁は世界で一番美味しいと思っていた)、分厚いアルバムを引っ張り出してきて昭和から平成の時代の流れを面白く感じたりした。
気持ちが大きくなって2kmくらいの道のりを一人で歩いて、驚かれた日もあった。欲しいCDを探して歩いているうちに夢中になっていたのだ。
今では疎遠になってしまった従姉妹と姉妹のフリをして、お揃いのTシャツを着て、市場から見える海で遊んだことも忘れられない。灯台まで競走。軋む桟橋で、無茶苦茶な創作ダンスを踊る。


私の部屋にはサーフボードを模したお香立て、海へと続く道を描いたポストカード、いくつもの旅先で集めてきた貝殻たち。そんなインテリアが所狭しと並んでいる。
思い返してみれば、海辺のホテルみたいな家で暮らせたらいいのに、が一人暮らしを始める時のテーマだった。
旅先で見る心洗われる風景に共通しているのは、海と椰子の木、それから青い色。
海は私にとっては非日常であって優しくて楽しい思い出ばかりだ。そうして今も、海への憧れは止まらない。

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