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その言葉が響くのは、”あなたにしか言えない言葉”だから─『永い言い訳』

映画監督である彼女の作品を予告編で知ったからか、それとも彼女の姿をたまたま雑誌で拝見したからなのか。

これといった理由は忘れてしまったが、常に西川美和という名が頭の中の大きなスペースを占めていた時期がある。

図書館で見つけた『永い言い訳』という本に惹かれたのも、そこに見慣れた4文字があったからなのかもしれない。



妻を失った男、”こども”でいられた日々を奪われた子供、自ら望んで実の名を捨てた男、死んでしまった女……。

『永い言い訳』には、あらゆる”喪失”を経た人物が出てくる。

小説を読んでいると、ほぼ毎回誰かが放った言葉が胸にぶっ刺さって抜けなくなる瞬間があるのだが、本作では”オルガン弾きの男”が放ったこの言葉にやられてしまった。

「踏み外したことのある人間にしか、言えない言葉もあるでしょう。そういう言葉にしか引き止められないところに立ってるやつも居るんです。ぎりぎりのとこで、肩摑まれて、やっと踏みとどまれる時ってあるもの。」

『永い言い訳』本文より

かつて私は”そういう言葉にしか引き止められないところに立ってるやつ”だったからこそ、この言葉が胸に響いたのだろう。



いちばん”自分にしか言えない言葉”であるはずなのに、私は”私”を上手く伝えることができない。

「こういう経験をして辛かった」と書こうとすると、当時を思い出して体がすくんでしまうのだ。

それでも、「だからあなたには絶対にこんな経験をしてほしくない」と心底願っているからこそ、ちょっとずつでも言語化できるようになりたいなと思う。

だって、私は”その人にしか言えない言葉”に何度も救われてきたから。

「書いてくださいよ。書かなきゃ駄目よ」

『永い言い訳』本文より

主人公に言い放った彼の言葉は、ことごとく私に向けられているかのようでハッとする。

私がぶっ刺さった相手は名前すらない男だったが、作品を通してぶっ刺さるであろう人物は沢山存在するので、みなさんもぜひ自分と重ねて物語を読み進めてみてほしい。



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