彼は誰

 黄昏時に鳴いた八咫の鴉が夕闇を連れて来た。辺りは一層暗くなり、濃密な憂いに満ちた夜帷とばりは忽ち彼に纏わり付き、混ざり込んでくる。悲しみや恐怖という感情は既に奪われ、チカチカと明滅する魂が、千切られた魂の切れ端と契ろうとする。自分以外のモノを拒絶する為の手は握り締めて動かない。

 今まで何度も味わってきた気持ちとは何だったのだろう。

 そう思わざるを得ない絶望。今際の際の喪失感。

 その刹那、確かにそれは彼を彼として照らした。

 突然、夜帷から切り離されて個となった彼は、最期に握りしめていた指の隙間から溢れる光が、三つの言の葉をカタチ作るのを見ていた。三方向を向いた葉が三角のフォルムを描いている。そして三枚が繋がったところにがあった。

 言葉では言い表せないその色の瞳を持った誰かを知っている。
自分はその色を、その人を、とても好きだったことを知っている。

 (これは自分だ、彼は誰?隣にいるって言ったのは誰?)

 ずっと一緒にいると言ってくれた。君を守ると言ってくれた。

血を巡る螺旋などでは無い、結ばれた魂たちの契り。物質的な限りある時間の中を生きるなら、二人でいこうと決めた。

 目が眩むような自我を取り戻したそれは「彼」をカタチ作り、その掌の上にある瞳に急速に引き込まれていった。 

 「迎えに行かなくちゃ。」

その時、硝子の鳥籠に映る夜空に花火が開いた。

序〜第三話、はてなブログからの転載です。