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「日本語も流暢でなかった自分が、生きた証をどう残すか。」 NHKラジオ深夜便 one visa岡村インタビュー

2019年7月15日に放送された「NHKラジオ 深夜便」。要幸男ディレクターインタビューの元、代表 岡村がお話ししました内容を一部抜粋してお届けします。

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外国籍の方が日本で働く際に使う新しいビザ(在留資格)、「特定技能」は、飲食、宿泊、介護建設など14の業種に適用され、政府はこの5年間で34万人を受け入れると発表しています。
現在日本で働く外国人は146万人以上、2020年には200万人を越えるとも言われています。

ー「心の国境を無くしたい」とのことですが、岡村さんが展開されているのは具体的にどんな事業なんでしょうか?

岡村「外国人が日本で働く際にはビザ、正確にいうと在留資格が必要なのですが、その申請に必要な書類生成などの工程をシンプルに完結できるサービスを提供しています。
通常、申請書類だけで5〜6枚、そのほかに添付書類が必要な場合もあるので、合わせるとだいたい15〜20枚の書類提出が必要なこともあります。」

ーそこで、アルベルトさんの会社に頼むとどんなメリットがあるんですか?

岡村「まず、前提としてビザ(在留資格)の申請方法は大きく分けて三つ選択肢があります。自分で申請するか、行政書士に頼むか、会社を経由するかです。
自分で申請する場合、そもそも何の書類が必要かわからないという課題があります。入国管理局に電話しても繋がりにくく、直接提出しに行っても4〜5時間待たされることも。
また行政書士に頼む場合、メールで自分の情報を何度かやり取りする手間がかかる上、費用がおおよそ10万円程度は必要です。

そんな中、弊社のシステムを使ってもらえれば、自分に必要な書類がわかる、さらに指定されたフォーマットに沿って内容を入力するだけなので間違えにくい。その書類を自分で提出する場合は無料で使えて、提携の行政書士に依頼する場合も、5万円とかなりの安価で済みます。」

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ー「特定技能」ビザはブルーカラーの職種、飲食や介護、建設などにも認められていますね。

岡村「そういった職種で以前から使われていたビザ「技能実習」の仕組みは色々と改善が必要だと言われていたんです。
今までのやり方だと、外国人の方々が母国で借金をしてお金を用意し、来日していることも多々あったようでして。そうではなくて、僕たちは新しいビザ「特定技能」を利用して、挑戦したい人の負担はゼロに、雇用したい側の企業がお金を出す仕組みを浸透させたいと考えています。
具体的には、カンボジアに学費無料の日本語の学校を開いたところです。

また、日本に来てからの生活基盤の改善も考えていて。周りに誰も知り合いがいない状況で、かつ与信がないとかなり不安だと思うんです。」

ー与信...とは?

岡村「与信、つまり信用ですね。その国における信用を獲得できないと銀行の口座を開いたりクレジットカードも取得できないんです。そこで弊社のサービスを通じてビザを取得してもらえれば、その情報を利用して日本における与信とし、銀行口座やクレジットカードの取得、家賃保証会社とも提携しているので家を借りやすくしていきます。」

ーアルベルトさんのご経歴についてお聞きしたいのですが、ペルーのお生まれなんですね。

岡村「ペルーのアレキパという、日本で言う大阪のような商人の町に生まれました。実際、来日した際には大阪の方々の人懐っこさや市場の雰囲気など、ふるさとに似ているという印象を受けました。
6歳の頃に来日したのですが、言葉が分からなかったのでジブリのビデオを見たりして、日本語を真似ることで少しずつ勉強していましたね。
普通の公立の学校にいきなり入ったので、なかなか大変でした。(笑)」

ー日本人の友達はできましたか。

岡村「できましたが、3回ほど転校したので毎回ゼロから友達づくりをするのが大変でした。顔つきも違うので、実はそこから発展していじめにも逢いましたね。今でこそ外国籍の方もよく見かけますが、当時はそんなにいなかったので、目につきやすかったんでしょうね。」

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ーそんな状況を、どう思っていたのですか。

岡村「どこの国に行っても、人種や宗教が違うという「差」に対してのいじめはあると思っていたので、とにかくここで生きていくまで、と思っていました。
ただ、外国籍のまま日本国内で生活するのが大変だった経験や、母親が在留資格の更新に困っていた経験は根強く自分の中に残っています。同じく外国籍だった友人が強制送還になったこともありました。」


ーはっきりとこの事業をやりたいと思ったのはいつ頃なのでしょうか。

岡村「16歳で帰化したのが大きな転機でした。
幼少期はいじめにもあったし、日本語が流暢でない自分がどう生き残っていくか、生きていた証をどうやって残すかよく考えていて。そこから、自分は社会にある問題を解決したい、会社を経営したい、というぼんやりした思いが形になった時期でもありました。」

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ーその後、一旦は就職されたんですよね。

岡村「はい、品川の入国管理局で勤務していました。留学生とか日本人と結婚する方とか、あらゆる方のビザを切り替える業務を行っていました。
そこの窓口では一日1200人程度は受け付けていましたが、カウンターの数は限られているので、年々来る人は増えるけど対応できる数は増やせない状況でした。だから待ち時間が短くて1時間、長いときで4〜5時間はかるんです...。
改善したくとも、抜本的な提案はなかなか通らず。それに10年15年かけるよりも、違ったアプローチができるのではないかと、その時に考えたんです。
幸い入社して3〜4ヶ月で窓口を統括する責任者に任命していただいたので、短期間で知識を吸収できたこともあり、入社1年くらいで退職して独立しました。それが2015年の9月のことでした。」


ー独立して、どんな苦労がありましたか。

岡村「創業して3年間はとにかく自分の限界と戦う、試練の時間でした。
システム開発もマーケティングも営業も...一人でできることは限られています。どれも完璧にはできなくて、自分が支援できる企業も限られた中だったのでもどかしい時間でしたね。」

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ーその頃と比べて、どんな変化がありましたか。

岡村「会社として一人ではなくなり、三年前では考えられないような額も調達できたこと。外部のパートナーと提携できるようになったことも大きな変化です。さらに市場が盛り上がるのは来年頃なので、そのための基盤が出来上がりつつある印象です。」

ー最後に、今考えていること、これから実現したいことを聞かせてください。

岡村「僕たちが無くしたいと宣言している国境は、物理的な国境と精神的な国境の二つあって。
一つ目に関して言うと、例えば日本人がアメリカに行くとき、ESTAを活用すれば簡単にアメリカにいけます。でもそれができない国籍だった場合、まずは書類を沢山集めて、面談をして、口座の残高を証明して...という膨大なステップをクリアしなければならない。その差を無くしたいと思っています。
二つ目の、精神的な国境というのは、その名の通り、気持ちの面での隔たりのことですね。移住した後に見知らぬ土地でも安心して暮らせる社会であること、母国と同じように生活基盤を構築できることで乗り越えていけると思うので、その二つが実現するといいなと思っています。」

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おわりに

one visaは現在、14人目の仲間を募集中です!one visaのビジョンに共感し、事業を拡大することに興味をもっていただけた方。是非気軽にお話しましょう!ご連絡お待ちしております。


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one visa Magazine

「世界から国境をなくす」をビジョンに掲げる東京のスタートアップ、one visaの活動の舞台裏をご紹介します。 メンバーがいつもどんなことを考え、議論し、新たな世界を目指しているのか。知っていただけると嬉しいです。https://www.onevisa.co.jp/
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