見出し画像

クッキー缶


脱ぎ散らかしたパンプス
私へ宛てたノートの切れ端
いつか蹴り合ったサッカーボール
ありとあらゆる魔法が使える魔法使い
剣技に精通した勇敢な騎士
を、模した紙製の人形

そこから
その、隙間から
平等に立ちのぼる香りが
いとおしい臭気が
なにかの、あいまいな、ぐずぐずの
かたちをとっていく

それを四角く冷たい
錆びた箱の中へ
入れてしまう

「歌手、あミュージシャンって言うんですかねこの場合。いや違うかシンガーソングライターですか、ね、ま、とにかく、そういうものに、なりたかったんじゃないかなあ。あ、サッカーも好きでした。サッカー選手かな。詩を書くのも好きでした。詩人かな。ブックカバーを縫うのが好きでした。どこかの会社のデザイナーかな。肉が好きでした。焼肉屋かな。リストカットが好きでした。消毒されたデザインナイフかな。交通事故が好きでした。へこんだバンパーの、その表面の」

肉色の裂け目から
さんさんと降り注ぐ
毒の雫が
反応を起こしていく
銀色(だった)
箱の表面で
動きまわって(いた)
整列してしまった
焼き上げられたクッキーが
かさり
と、音を立てる

それが
呼び声となれば
きっと街中が
性器にまみれたものだって理解できる
インフルエンザを警戒しながら
食中毒に気をつけながら
ようやく、だけど

なにも、みえない
薄暗い
だだっ広い部屋の中で
パーテーションに区切られて
橙色の電球で
おしゃれに
お手軽に
演出されながら

お前の
あなたの
きみの
彼の
彼女の
おこづかいで買い求めた
宵越しのショートケーキが
誰かにレイプされていたよ

いたんだよ

「これしか、こんなものしか、この中には収まっていないんです。でも、素晴らしいものじゃないですか。か。真珠みたいで。無条件に肯定されるべきだ。ある地点から、禁足地から、正反対に、対局に、存在するものは美しく見えるってそう思うんです。だから、これを、この結晶みたいなものを、磨きませんか、お前、あなた、きみ、彼、彼女、素晴らしいものじゃないですか。真珠、みたいで。共通項が背骨みたいに伸びて、とげさえも、きれいで、そう思うんです、思いますよ、ね」

張り詰めたクッキー缶たちが
角で突き刺すあいまいなものから
ひどい朝と夜があふれだす
そこに、私たちは立っている
凹凸、でこぼこそれぞれの
性器を肥大化させて大地に根を張りながら
私たちは、また薄暗い部屋に戻っていく
ひらべったい性器に貼り付ける
ガムの封を開けながら
手が、埋まっている
ということがわかる

クッキー缶が
屹立した状態で
居座っている
私の
手元に
キャプションが貼り付けられて
不躾な説明がされている
不要な付記がついている
懐かしい臭気とともに

ねえ、

光は見えたの?
光は見えたの?
光は見えたの?

「お前が死ねばいいんだよっていうこと、好きだよね。死にたかったのかな」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?