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無自覚/善意/遮蔽(demo)



ボンドは固まれば透明になるよね

あんなに白かったのに

おかしいよね

全てが、保存されたのかな


 あなたがクリームソーダ、緑色の、を飲み下して、それにはバニラではなくてマンゴーアイスが載っていて、黄色の、甘く味付けした芋虫みたいな風味(昔はそう表現していた、と告げるとあなたは笑顔のまま、すっと、距離を置いた)で、染められた呼気を、ふっと、ことばと共に、翡翠を溶かした色のシロップと共に、口腔の暗がり、から、吐き出すと、どうしようもなくきれいな繰り糸に引きずられるようにして、そこから、刺激臭を引きつれ、白い液体が、あふれ出した。


店の中には埃が舞っていて

広めにとられた窓から昼の日差しが突き刺さり

あなた以外にも、店内のそこかしこに

人の呼気が形を取って、行儀よく

座っていて

そのぶんのコーヒーや チーズケーキ クッキー
ハニーチーズトースト クリームソーダが

設置されていた
(でも、それは、モニュメントとしての、)


 あなたの液体は、どんどん着飾られた、不要不急の空間にあふれて、こぼれて、唇、胸、腹、おへそ、性器、ソファー、床、靴足首、膝、腿、性器、おへそ、ああクリームソーダが倒れた、めんどくさいな、あなたたちを、隠していく。主張していた、構成されたプラモデルのパーツがどんどん無機質な白へと転化していって、あなたたちは幼いころ見た夢を思い出したのかもしれない、どうしようもなく、無力で解決できないままの夜中、冷たさのためひりつく足裏やわだかまる藍色の中で、抱かれ、起きた、怖い妄想を、店の中でまどろむ上では、関係のない、どこかで、あったけどもうない、記憶をなぞって。


口を閉じずに
口を閉じて

しばしの間、あなたたちは、死に絶えていた

ボンドは固まれば透明になるよね

ことばはグロテスクなほどきれいな糸でつながっていて

釣り針に引っかかった舌のピアス穴を始点にして

視界は戻っていく
(世界は損なわれている)


 あなたが吐いたもの、透明な空気が支配している店の中で、ありとあらゆる、ものが、彩度と時間とにおい、情報を残し漂う、硬化に失敗したレジンみたいになってしまった液体(で、あったもの)の中で、分厚いカーテンが引き上げられる、裏に控えていた刃物を隠した人体が足をくじきながら踊り狂い、もう戻らず再演できずに、切り刻まれていく、供された料理たち、本たち、毒にも薬にもならない環境音楽たち、支える土台のチーズドッグたち。
(なんと中身はレインボーです不思議ですね仕組みがわからないですね、まあ知りたくもないけど、ね、でもそんな色彩はこの中にもどこにもないよね、見えなかったけど今の今まで登場しなかったからないよな、しゅれでぃんがーのねこ、だっけ、まあいいよそれで、だから、そうだよな?)
 楽しいグラン・ギニョル、その中で、人たちはセルロイドの塊に変わっている、置かれた場所が腐っていても咲き続けるきもい花、それには静謐な、普段の生活のにおいがある。
 でも、机の上にあったはずのあなたのクリームソーダのアイスは
マンゴーの色だったはずなのに、どこにもない。


他人のクリームソーダのアイスは、乳色をしていた
(から、混ざってても別に不思議はない)

でも

なんで、あなたのアイスがないの
なんで、気づいていないの
なんで、ついさっきと
おなじ、笑顔のまま


 あなたの、あなた以外の人たち全員の、ぽっかりと開いた粘液まみれの口にも、糸は繋がれている、そう、あのきれいな、絶対にあれで首を吊ってはやりたくないな、と思ってしまうほど美しくて醜悪な物質、だよ、それは室内の天井を通過して、どこかへと伸びている、いつか水族館で見たジャイアント・ケルプのように。
(その間、あなたは、あなたたちは変わらず営みを、続けている)
 ので、あまりにも、おかしくて、あなたたちが吐きまくったボンド、の中で、糸の間を無数の本や食器の破片、さっきまで踊っていた人の臓物がただよって、糸に触れて、ふるえた、それがきらめきながら甘やかな音を発するのが、おかしくて、あまりにも、だから、ようやくそこで、私は、ふっ、と笑って。


優しすぎるからいつまで経っても

手なずけたいのだからいつまで経っても

だから

口を閉じて
口を閉じずに

『私たち』は

呼吸をして、吐息を混ぜ合ってね

これからも、すこやかに
(あなたも、あなたたちも、なにかを待っているようだった、再生されるのを、アルコールのにおいがする、コーヒーのにおいがしない、この場所で、あなたのアイスは、どこに旅立ったのか知らないけど、私は顔面を笑ませるのに忙しくて、どうでもいい、と、思っていた、ので、知らないよそんなの、と、自分のクリームソーダに、指を、はわせ、て、い、)








(作品ここまで)
 来る5月6日(水祝)に開催される文学フリマ東京に「ウユニのツチブタ」という屋号で参加します。
 この作品を収めた『ボーダー/ライン』(仮)をテーマにした冊子を新刊として作ります。
 そのため、宣伝も兼ねていますが、一応この作品は(demo)とさせていただきます。詳しくは作者Twitter(@Tutibuta_kawa)で追って。
 よろしくお願いします。

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