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こくはく

少しだけ。少しだけだけど夜の匂いってのがわかってきた。寂しいけど愛おしいそんな匂い。この匂いが好きなわけじゃないけれど、嫌いなわけでもない。お酒も飲めるようになった。これで大人か?大人の定義が分からない。大人ってなんだ?人間の説明書が欲しい。どこにあるんだろう。
たばこを吸っている男性が好きだった。なんだか大人っぽくて。たばこを吸っていて様になっていれば好きになっていた。総称するなら“簡単な女”である。そんな私が若い時にたくさん苦い経験をした私が今恋をしている。普通の恋愛というやつだ。この普通の恋愛というやつに私の心は踊らないと思っていた。遠巻きで見て、たばこの煙をふかすと思っていた。女の子の魂は私の中にもあったらしく遠巻きどころが一番近くで踊っている。ノリノリだ。こんなちゃんとした純粋な恋愛が久しぶりだ。というか初めてかもしれない。この男性のことが私は大好きだ。とカフェでくだらない話をしている時に思っていた。

「テクマクマヤコンだったわ」
「え?何が?」
「この間言ってた魔法の呪文だよ。テクマクマヤコンだった」
「あーそうなんだ」

このテクマクマヤコンとか言っている少し素っ頓狂な男性のことが私は好き。でも今は片思い。何回かデートを重ねてはいるが特に進展はない。でもいいんだ。楽しいから。
カフェが雑談して、買い物がてらブラブラして、夜ご飯食べて。最高だ。本当に楽しい。終電とは気にはしていない。もし、帰れなくなっても私は一向に構わないから。

「猫のジャンプってすごいよな」
「え?」
「猫のジャンプだよ。高いよな」
「う、うん」

猫のジャンプ力のことをキラキラした目で話す彼が愛おしい。この話はつまらない。でも彼が可愛いのだ。
夜の匂いが強くなってきた。そろそろ帰る時間。2人のデートは基本は雑談。歩きながら喋ることが多い。改札口に向かっていくと必然と橋の下を通っていく。車のライトや色々な夜の音がそこではよく聞こえた。

「あ、あのさ」

と突然真面目なトーンで振り向かれた。ドキドキした。

「え、どした?」

これはもしやなのか。本当にもしやなのか。顔がニヤついてないか確認したい。色々な光が夜道を照らす。少し薄暗い中で彼が恥ずかしそうにしている。

「え、どしたの?」

再度こづいてみた。

「言うことでもないかもなんだけどさ」

言うことかもしれないでしょ。早く言ってほしい。そして今日は帰れなくてもいい。





「俺さ、








かさぶためくっちゃったんだ」








「え?」



結構大きめの「え?」が出てしまった。


「この間お前にかさぶた剥がしたら治らないよって言われてたから我慢していたんだけどかゆくてかゆくて剥がしちゃったんだ。ごめん。だから治りわるいかも」

とすごく悪いことをしたかのように言ってきた。それも可愛かった。こんな無印のような男性がまだ存在していたことが尊い。図鑑に載せてしまいたい。汚れている自分を罵倒したい。

「気にしてないよ。早く治るといいね」

と言うとにこにこしていた。可愛い。

今日も終電で解散。メッセージで「また遊ぼうね!楽しかった」とくれた。この関係がなくならなければこのままでもいいのかもしれないと思っている。今日も月が綺麗だ。

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