苦労はしたい奴に配っちゃえ

7月某日

バー「漆黒」のマスターから突然電話があった。

「お前の友達がさ、うちに来てるんだよ、毎日みたいに来るんだよ、そりゃ嬉しいよ」

びっくりした。マスターは飯を食おうと言う。じゃあ、と言うことで米沢牛を食べに行った。久々に足を踏み入れた歌舞伎町は、私が漆黒で働いてた頃よりもさらに胡散臭くて汚かった。もちろん前だっていかがわしくて、ごみごみしていて、汚物と油と精子の渦みたいな感じだったけど、それでも何かが始まりそうな、そんな尖った雰囲気があった。今の歌舞伎町はホストとヤクザの店ばっかりで凄く、うん、なんていうか、一言で言うと暗いなって思った。

マスターは焼肉を食べながら相変わらず歯のない口で笑う。私は悪いことをして店をやめたので全くもってこんな風に迎え入れられる道理などないのだが、

「お前はさぁ、感受性が強いからさぁ、あの頃は悩んでたんですよ、個性が強い奴っていうのは悩むんだ、デリケートなやつは悩むんだよそれはデリカシーってやつだよデリカシーないやつは悩まないもん」

こんなに的確にメンヘラを表す言葉があるだろうか。否定も肯定もせず。

端からトランプの並んだ手札を眼繰り返すように、マスターは私のことを言い表す。

「だからさあ、そんな奴はわがまま言ったほうがいいんだよ、私が世界の中心だと笑ってりゃいいんだ、自分のやりたいことだけ通してさ、苦労は他のやつにさせちゃうよ、苦労したい奴ってのは世の中にたくさんいるんだからさ、そいつらに全部やらせてさ、お前はわがまま言って笑ってりゃいいの。苦労はみんなに配っちゃって、いいんだよ」

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作家小野美由紀によるエッセイマガジンです。タイトル通り "それでもやはり、意識せざるをえない” 物事について、月に5-10本程度配信します。日々のエッセイ、恋愛、性愛、家族、また書くことについて、作家という職業について、ジャンル問わず本気でおすすめしたいもの・こと、お店、本...
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