見出し画像

【シナリオ】俺の彼女の重い愛

○病院・病室

   入谷武(20)と橋本南(20)、見つめ合っている。

南「私、あなたの恋人なんです」
武「……はっ?」

   武、ベッドの上で目を丸くする。
   南、武の反応に傷ついた様子を見せるが、すぐに笑みを浮かべる。

南「本当に、記憶がないんだね」

   武、南の笑顔に見とれる。

武M「うわぁ、凄い可愛い……いやいやいや。この子は何を言ってるんだ? 俺に恋人なんていない!」

   武、頭を抱える。

武M「どういうことだ? 俺は記憶喪失なんかじゃない。そりゃあ、バイクで事故ってケガして、出来心で記憶がないフリをしちゃって、それがうっかり上手くいっちゃって、しばらくは記憶喪失のフリを続けるハメになってしまったけども!」
南「武くん、大丈夫?」

   武、ぎこちなく微笑んで見せる。

武「あ、ああ、大丈夫。俺、まだ記憶が混乱してて……」
南「戸惑わせちゃってごめんなさい。今日はもう帰ります。また今度ゆっくり話しましょう」

   南、会釈して病室を出ていく。
   武、扉を見つめる。

武M「あの子は俺に嘘をついてる……でも何の為に? ……ひょっとして、密かに俺のことが好きで……記憶喪失のことを聞いて、思い切って彼女のフリをしてみたとか? それなら、けっこう可愛い子だったし、悪い気しないよなぁ」

   武、ニヤニヤしてベッドに倒れこむ。

武「いやあ、ついに俺にもモテ期が来ちゃったか?」


○大学・教室(日替わり)

   武が教室に入ると、宮山(20)が近寄ってくる。

宮山「あっ、入谷! もう大丈夫なのか?」
武「う、うん、えっと……?」
武M「なんてな。ミヤっち久しぶりー」

   記憶のないフリをする武に、驚いた顔をする宮山。

宮山「うわ、記憶喪失ってホントなんだ? 俺、宮山って言うんだ。お前とは仲良くしてて……」

   武、こっそり笑う。

武M「あー、面白い! しばらくチヤホヤされるのも悪くないな」


○同・食堂

   武と南、向かい合って話している。

武「で、俺たちは同じ大学の学生で……同い年。君の名前は橋本南さん……だっけ」
南「そうです。私たちは一年前くらいからお付き合いしてます」
武M「うーん……全然知らないなあ。まあキャンパスで俺を見かけて、一方的に好意を寄せているってことなのかな」
武「ごめん、やっぱり思い出せないや」

   南、悲しそうな顔をする。

南「気にしないでください。無理に思い出そうとするのはよくないって聞きます。きっと時間が必要なんですよね」

   南、右耳をしきりに触っている。

武「どうしたの?」
南「あ、いえ……ピアスを片方、どこかでなくしちゃったみたいで」

   南の左耳には可愛らしいピアスが光っている。


○武の部屋(夜)

   武、ベッドで横になっている。

武「はあ、記憶喪失のフリも意外と疲れるなあ……早めに思い出したことにしとかなきゃな。……んっ? 何だコレ?」

   枕元からピアスが出てくる。
   武、ハッとする。

   ×   ×   ×
(フラッシュ)
南「片方、どこかでなくしちゃったみたいで」
   ×   ×   ×

   武、顔を引きつらせる。

武「な、何でコレがここにあんだよ……?」
武M「まさかあの子、この部屋の中に入ったのか? 嘘だろ? どうやって……」

   ピンポーン、とチャイムが鳴る。
   武、ビクッと震え、恐る恐る玄関扉を見つめる。
   再び、ピンポーン、とチャイムが鳴る。
   ドクン、ドクン、と心臓の音がうるさく聞こえるのを感じながら、扉に近づく武。

宅配業者「こんばんはー、愛川急便でーす。ハンコお願いしまーす」
武「あっ、ああ……、ちょっと待ってください」

   武、詰めていた息を大きく吐き出す。

武「何やってんだ俺。きっと服にくっついてたとかだよな。あービックリした……知らないヤツに好かれるのって、けっこう怖いことなのかもなぁ」


○大学・食堂(日替わり)

   武と南、向かい合って座っている。

武「あのさあ、悪いんだけど……。今の俺は君と付き合う気ないから。こんなふうに付きまとわれても、迷惑なんだよ。もうほっといてくれないかな」

   南、呆然と武を見つめている。
   やがて俯き、静かに涙を流す。

南「困らせちゃってごめんね、武くん。バイバイ……」


○武の部屋(夜)

   帰ってきた武、部屋の明かりをつける。

武「あー、女の子の泣き顔なんて見ると、嫌な気分になるよな……」

   ガタッ、と奥のクローゼットから物音が聞こえる。
   武、驚いて物音がした方を注視する。
   クローゼットの扉を見つめたまま、ゆっくりと近づいていく武。
   ハア、ハア、と自分の呼吸音が耳につく。
   扉に手をかけた瞬間、ドサドサドサッ! と大きな物音が響く。

武「うわあああっ!」

   武、そーっと扉の向こう側を覗き込む。
   荷物が崩れ落ちている。

武「な、何だよ……心臓止まるかと思った……」

   武、荷物を片付けようと床に散らばった物をかき集める。
   拾い上げながら、一枚の写真に気が付く。

武「何だっけコレ?」

   写真には、笑顔の南が写っている。

武「え? 何であの子の写真が……?」

   武、頭を抱える。

武M「何だ? もしかして俺は本当に何か忘れていることがあるのか? あの子は俺と一年前から付き合い始めたって言ってた……。一年前? ああ、ダメだ、靄がかかってるみたいに思い出せない部分がある!」


○大学・教室(日替わり)

   武、キョロキョロしながら教室に入って来る。

武「ミヤっち!」
宮山「あれ、その呼び方。入谷……もしかして記憶、戻ったのか?」
武「橋本南を見なかったか、探してるんだ!」

   宮山、驚いた顔をする。

宮山「えっ……橋本なら、さっき芝生広場で見たような気がするけど……」
武「サンキュ!」

   武、走り去る。
   宮山、首を傾げながら武の後姿を見つめる。


○同・芝生広場

   武、芝生に座る南を見つけ、走り寄る。
   南、目を見開いて武を見つめる。

武「俺、本当に君の恋人だったんだね」

   南、目を潤ませる。

南「思い出してくれたの?」
武「……いや、完全には……。でもどうやら、事故の後、君に関する記憶が曖昧になってしまっていたってことは分かった」
南「ひどいよ。私のことだけ忘れちゃうなんて」
武「ごめん。もう忘れたりしないから」

   武、涙を流す南を抱きしめる。


○同・教室

   宮山、友人たちと話している。

宮山「入谷のヤツ、記憶戻ったのかと思ったけど違うのかな? 前は橋本にしつこく付きまとわれてあんなに嫌がってたのにな。どれだけ可愛くてもストーカー女じゃなあ。なあどうする、あいつら上手くいっちゃったりしたら!」

   教室内に笑い声が響く。


○南の部屋(夜)

   南、膝の上に乗せた小箱を愛おしげに撫でている。
   おもむろに箱を開け、中身を見て微笑む。
   箱の中には武の部屋の合鍵が入っている。
   南、うっそりと呟く。

南「愛の重さで世界は変えられるのね」


(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?