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優しさ【ショート小説】


山手線。時刻は17時50分。
帰宅ラッシュか。電車の揺れを可視化するように満員の乗客が簡単に俺のパーソナルゾーンを犯してくる。全く吐き気がする。
その吐き気の正体。それはもちろん揺れのせいでもあるが、目の前に座っているこのカップルだ。
人前を忘れたかのようなお互いの愛の誇示に、恥じらいを盲目にするのが愛なのだとしたら僕はごめんだなと再確認する。
ことさら、男の方はそれを見せつけるような目でこちらを見てくるのだ。
二人の愛の程度が知れるなと思った。

17時54分。
車内アナウンスが巣鴨到着を告げて、絵に描いたような老婆が乗ってきた。
その挙動に少々注目をせざるを得ない。
その一抹の緊張感を割くように車内に声が響き渡る。「おばあちゃん!こっち!」
車内の主役は一気に声の主となった。
さっきのアイツだ。彼女を片手に暇を持て余した逆の手で小招きしている。
車内はどこにそんなスペースがあったのか。
モーゼの手が海をそうしたように綺麗に老婆と彼を一本の線で繋いだ。
若者が老ぼれに座席を譲るという光景に、車内に暖かい空気が広がるのを感じて、寒気がした。

程なくしてその男は女を引っ張るように鶯谷で降りて行った。
「優しい彼でうらやましぃねぇ。」
そう言った乗客の車窓越しに女を殴る男の姿があった。ようやく安心できた。

18時21分。
乗り換えのために一旦電車を降りる。
この駅はいつも一様に同じ制服固まりをあちらこちらで見つける。襟に三本白のラインが入ったセーラー服。
色んなサイズの学生がいるので、中高一貫の女子校がこの駅を最寄り駅にしているんだと睨んでいる。

中には二人でこっそりと。
中には大勢でゲラゲラと。
様々なサイズの女の子たちが雑談に花を咲かせている中でポツンと。
色分けされたように一人でいる子がいる。

寂しそうに見えたので声をかけた。
その子はよく笑ったが、次の駅で降りてった。
腹がたった。


18時35分。
目的の駅に到着する。
今日もなんとか我慢できた。
先生にこの話を聞いてもらおう。
そこまで書き殴ってノートを閉じた。
ペンは投げ捨てた。衝動が抑えられそうもなくて、

かかりつけの精神科を勢い良く開けた。

あなたのおかげでバイトの時間を減らせます。 マジで助かります。マジで