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新発田市民のソウルフード「スギサキアイス」を事業承継 〜新潟 菓匠庵 寿堂〜

エスイノベーションの大杉です。事業承継をきっかけにイノベーションを起こした企業にインタビューする「地域からはじめる事業承継」 今回は、新潟県新発田市の「菓匠庵 寿堂」です。寿堂が事業承継したのは、新発田のソウルフード白アイスを販売する「スギサキ」。新発田市で約90年、世代を超えて愛された味が、若き和菓子職人によって受け継がれます。

菓匠庵 寿堂
明治38年創業 新発田を代表する和菓子店
「のしいちじく」第19回全国菓子博覧会 銘菓賞受賞
平成21年 新潟国体秋篠宮様接待御菓子

寿堂四代目 鈴木健太郎   1979年3月2日生まれ
1999年 立命館大学法学部入学
2001年 大学退学、東京「釜人 鉢の木」(修行)
2005年 寿堂入社
2019年 寿堂を親族承継し四代目となる
2023年 スギサキを事業承継 寿堂イートインスペースオープン


廃業間近の家業を承継するまで

寿堂は、新発田に118年続く和菓子店です。でも、物心ついた時から父には、「店は継がなくてもいい」と言われていました。ですので、大学は京都の立命館へ進み、公務員を目指し勉強しました。でも、ふと…。このまま「寿堂」を父の代で絶やして良いものかと思うようになり。スパッと!大学を3年で退学しました。

明治38年創業 菓匠庵寿堂

ー 3年生で!そこまで強い思いを掻き立てたものは?

高校卒業後、関東の大学にも合格していたのですが、私が選択したのは京都。道を歩けば和菓子屋があり、私が育った新発田の街とそっくりでした。大学生活を京都で過ごしながらも、どこか頭の片隅には実家を気にしている自分がいて。これは神様のお告げなのかな〜と(笑)

ー 家業を継ぐと、家族に伝えた時の反応は?

父と母は、自分たちの代で廃業するつもりでしたので「そう決めたのなら、仕方ない…」って感じでしたね。ですが、すぐに修業先に話を通してくれて、東京・阿佐ヶ谷「釜人 鉢の木」で、和菓子職人の修行をすることとなりました。

寿堂 四代目 鈴木健太郎社長

ー 大学生活からの転身ですね、修行はうまくいきましたか?

かなり苦戦しました。菓子作りの道具の名前すら分からず…。同期は皆、専門学校で和菓子を学んでいたので。遅れを取り戻すため、タイムカードを押した後も、工場に残り基礎練習を繰り返しました。でも、そんな仕事のできなかった私が、和菓子の品評会(日本菓子協会東和会)では、断トツで成績が良かったんですよね…。小さな頃から、父の創る美しく繊細な和菓子に触れ、気づかないうちにその感性が自分の中に刻まれていたのだと感じました。「釜人 鉢の木」では3年修行し、25歳で家業の「寿堂」に入社しました。

家業の立て直し、そして親族承継へ

ー 当時の「寿堂」は?

父は「寿堂」を畳むつもりでしたので、取引先もなく、経営は火の車でした。まずは、月岡温泉や、ショッピングモールに営業をかけ販路拡大を図り初年度で売上を1.5倍まで増やすことができたのですが、当時の私は、利益をあげる仕組みを理解していなかったんですね。そこで、「商店街の2世会」や「新発田商工会議所」の皆さんからマーケティングや財務を叩き込んで貰い。コストの見直し、取引先の厳選、利益率の高い商品で経営効率を高める考え方に切り替えました。

ー 新発田商店街の皆さん!心強いですね!

商工会議所青年部では「RESAS・リーサス」について学ぶ機会もありました。それまで、正直データなんて気にした事がなかったのですが。今後、核家族化が進めば式菓子の需要が減る…。新発田の和菓子文化を支えている茶道人口も右肩下がり…。勉強すればするほどマイナスのデータばかりで、「商売存続の危機!」「和菓子屋がヤバい!」と気がつきました。

ー データを踏まえ、今後の方向性をどう捉えましたか?

私なりに出した答えが、「贈答品に頼らない経営スタイル」です。個人消費の際たるものは、できたてを味わうイートインです。寿堂でも、できたての「和菓子」「かき氷」を提供する事はできないか…。方向性は見えてきましたが、当時は、まだ父が社長で、私にそこまでの権限はありませんでした。

ー 寿堂をお父様から継いだのはいつですか?

寿堂を父から親族承継したのは、令和元年です。事業引継補助金を利用し、工場の設備も入れ替えました。

地元のソウルフードを第三者承継

ー のちに事業を承継する事になる「スギサキ」との関係は?

小学生時代の夏休みに遡るのですが、商売が忙しく、うちは海水浴や旅行には連れて行って貰えなくて…。夏休み唯一のお楽しみが、スギサキに「かき氷」を食べに行く事でした。もちろん、スギサキの社長は、私が子供の頃からスギサキに時別な思いを抱いていたなんて、知る由もなかったわけです。


夏休みの「スギサキ」(写真:中央)

ー 事業承継の話は、どのようなタイミングだったのでしょうか?

5年程前の、ある総会で、スギサキの杉崎美弥子社長と会ったのですが、「営業許可が切れるタイミングで商売をやめる」と聞き、驚いたのと同時に、「大好きなスギサキ」「かき氷」「イートイン」頭の中にあったパズルのピースがカチッとハマった瞬間でもありました。すぐに「スギサキを承継させて貰えないでしょうか!」と頼みました。

ー スギサキさんの反応はいかがでしたか?

子供の頃、スギサキに行くのがどんなに楽しかったか!熱弁する私に、圧倒されていました…(笑)実は、この頃、新発田商工会議所も新発田のソウルフード「スギサキ」をどうにか地元に残すことができないかと、関東の大手企業に事業承継を持ちかけていました。でも、大手との取引は複雑で、承継は滞っていました。最後は私が情熱で押し切り、杉崎社長も「そこまでやる気があるならやるわよ!」って感じでしたね(笑)

ー 承継前のスギサキの経営状態は?

水と砂糖だけで作る「白アイス」はふるさと納税の返礼品にも選ばれましたが、売り上げは全盛期と比べると下降を続けていました。何よりも、高齢の従業員全員が引退を希望していて。これが、商売をやめる大きな引き金となっていました。

個人店同士の事業承継の壁


ー 事業承継で最初に取り組んだことは?

海の物とも山の物ともつかず…。まずは、商工会議所に何から始めていいか洗い出して貰いました。最初に取り組んだのは、譲渡金の計算です。買収対象となる企業に関しては、推奨されている相場の算出方法があるのですが、これまでの「スギサキ」の決算書で曖昧なところが多く、算式で数字を出す事ができませんでした。その後、新潟県事業引継支援センターにも、相談に行き、営業利益の再計算を始めましたが解決せず、最終的には、話し合いで、譲渡額をすり合わせて行く事になりました。途中、新型コロナウィルスの影響で、中断された時期もありましたが、2021年より再開し、2023年春に事業承継の目処が立ちました。特に譲渡金計算は、最も難航した部分で、個人店同士の事業承継の難しさを感じましたね。

ー 補助金は活用しましたか?

事業承継引継補助金を申請する予定でしたが、令和元年に寿堂を親族承継した際、工場設備の入れ替えで、既に事業承継補助金を使用していたので、申請の判断は微妙との事でした。補助対象期間内に、同じ補助金の利用はできないんですよね。親族承継と、第三者からの事業引継は別物ですから、申請はグレーゾーンへのチャレンジでしたが…。最終的には、事業承継引継補助金は見送り、「事業再構築補助金」を活用する事にしました。2年前(2021年)の大雪で、売上が大幅に落ちた期間があり、補助金のエントリー条件を満たす事ができました。2022年の秋、無事採択され、引継支援金(1000万円)は事業承継のテコ入れに役立てています。

ー 事業承継で大変だった事は?

補助金のエントリーに必要な事業計画書や各種書類の準備、司法書士と契約書の作成、店舗の改装、味の引継ぎ、包材関係の準備、この全てを同時進行していたので…。一番大変だったのは、私の頭の中の整理です(笑)

ー 設備投資に関しては?

寿堂が新たに展開するイートイン部門は、新規創業者として扱われます。ですので、最新の食品衛生法をベースにした設備投資が必要になります。例えば「スギサキ」はアイスを手作業でカップに入れていましたが、新規事業者は充填機を使用することがマストです。「スギサキ」の古くからのアイス作りそのままを承継できる!と思っていた部分は大きな誤算でした…。さらに、事業承継契約を結んだ後で、「スギサキ」から引き継いだアイスクリームメーカーが壊れてしまって…。涙が出ました。これは新品を購入する事になり。合わせると機械関係だけで約500万円の設備投資を行う事になりました。あとは、包装材の権利関係ですね。包装材も、製造者が変わると、ゼロから盤台を支払う仕組みです。もちろんお金を払うなら、刷新して寿堂らしい物にという考えもあったのですが、ここは私が断固、譲れない部分で、「スギサキ」の包材やパッケージはそのまま使用することにしました。

ー 味の引き継ぎは?

寿堂の従業員も「スギサキ」に研修に行かせて頂きましたが、同じ菓子業界という事で、ここだけはスムーズに行きました。材料の仕入れ関係も全て繋いで頂き、変わらない味を引き継ぐ事ができました。

ー 事業承継で新しく取り入れる事は?

「スギサキ」には、従業員も引き継ぎたいとお声かけしました。ですが、年齢的にも辞退したいと…。そこで社員としてではなく菓子作りのアドバイザーとして携わってもらう事になりました。「スギサキ」ファンの皆さんからは、全メニューを引き継いて欲しいと、かなり強めにリクエストされているので(笑)有難い事です。事業拡大にあたり、寿堂として1名雇用しました。夏に向け、あと2名は増やしたいですね。

イートインスペース(2023年5月オープン)

事業承継を成功させる為に

ー 事業承継を振返りいかがでしょうか?

最終的な譲渡金は想像の3倍でした。設備投資、改築費用の合計は2000万です。でも!どうせやるなら「気持ちよく」です!

ー これから事業承継をお考えの方へアドバイスを!

やらなければいけない理由と、やりたい理由を明確化すること。私の場合は、「事業承継はやらなければいけないこと」でした。それには、やはり自身の店の状態をよく知ることが大切です。

四季の花が楽しめる中庭

ー 寿堂のこれから

1年目は「スギサキ」の商品を引き継ぎ、オリジナルのイートインを打ち出すこと。練りたての「わらび餅」を作り看板商品を構築します。2年目以降は、寿堂にしかできない、かぼちゃ餡、ミルク餡などを使用した「餡子から作るジェラート」の商品化。ふるさと納税の返礼品対応、EC展開。承継した事業と新規事業を合わせ、「スギサキ」以上の売り上げを目指します。

ー 新発田の皆さんの期待が高まっていますね!

新発田の皆さんから「ありがとう!」の言葉をたくさんいただきました。
商工会議所も街の老舗の存続に伴奏してくれました。これからお客様を呼べる個人店舗が商店街に増えていく事が、究極の街づくりだと考えています。寿堂が近隣市町村の観光の一助になれば幸いです!私にとって、子供の頃の思い出は「スギサキのかき氷」でした。今度は「寿堂」が、誰かの思い出の場所になれるよう、美味しさを伝承していきます。

水と砂糖だけで作る昔ながらの白アイス。アイスデビューは「スギサキアイス」という新発田っ子も多いそうです。寿堂は事業承継で、商店街の歴史、経済そして地域の食文化を守り、次世代へと伝承します。四季を感じられるイートインスペースで、皆さんもできたての和菓子を楽しんでみてはいかがでしょうか。(エスイノベーション 大杉りさ)

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