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たからの話【胆沢の民話⑧】岩手/民俗

『たからの話』

参考文献:「いさわの民話と伝説」 胆沢町教育委員会

ある所に沢山の財産を持って豪奢な生活を営んでいる人がありました。その人は俺は日本一の幸福と思っていました。財産があることによってどんな事でもできるし、食いたい物も食えるし、こんな恵まれた生活ができるのも財産こそは宝だと他人にも吹聴しておりました。

その財産家の家からあまり離れていない西隣に、貧しく暮らしてはいるが、6人もの子供に恵まれて慎ましく生活を続けている人がありました。子供達は皆いい子供達ばかりでした。ですから朝から晩までにその家から笑い声が漏れていました。その楽しさの中に終始浸っているのですからその人は、子供こそは宝だと思っていました。

この二人はある日、偶然のことから宝のことが話題になり、財産だ子供だと相譲らぬ議論になってしまいました。午後1時頃から始まったこの議論は、つい夜になっても果てそうもありませんでした。二人は夜にもなったこととて一応お預けとし、改めて明日話合うことにいたしました。

しかしその次の日も、朝から始めた議論は、午後まで延々10時間余りも、かかっているのに果てそうもありませんでした。その相譲らぬ意固地さは、各々勝手な理屈づけで、傍からは呆れるばかりでありました。

ついに二人は代官様に申し出て、判断を仰ぐことにいたしました。

2人の申し出を受けた代官様はニコニコしながら二人の話を聞いていましたが、今直ちに返答は困る。明日まで待て、ということになりました。二人は恭しく代官様の前を下がって家に帰りました。

家に帰った二人は中々興奮は収まりませんでした。絶対に俺の考えは正しいんだと思う信念は、その夜二人を安眠させてくれませんでした。

寝不足で目を真っ赤にした二人は、代官様から示された時刻に相次いで出頭いたしました。代官は二人を川のほとりに立たせました。彼らの立った川の下の方には、代官様の家来によって、財産と子供たちが並べられておりました。川端に山と積まれた財産は、財産こそ宝だと主張する人の物でしたし、子供達は勿論、子供は宝なりと主張する人の物でありました。

「ではこれから宝は財産であるか子供であるかの実験をする。」

代官様はこう言いながら、二人の家来に何か下知いたしました。とそれを待っていたかのように、二人の家来は一人づつを目よりも高く持ち上げると、反動をつけてドブンと川の中に投げました。

2人は思わぬ出来事に胆を潰し、アップアップと流されるより術がありませんでした。

それを見た川下の子供達は大騒ぎとなりました。6人力を合わせて大木を担いできて、川に渡しました。更にそれに沢山の棒を支えにして、丁度ヤナ(簗)のようにしました。流されてきた子供達の父はうまくそのヤナにかかりました。子供達はめいめい父の手を引っ張って、川土手に上げました。

もう一人の人は財産を山と積んだ川土手の傍を矢のように流されていきました。そしてずっと川下の方に待っていた代官様の家来によって救い上げられました。

代官様は翌日二人を役所に呼びました。そして、

「財産と子供、いずれが宝か分かったろう。」

と笑われました。

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