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山荘・山猫軒

 大学のサークル活動で山荘にむかう須藤誠。その途中、謎の女性と出会い、奇妙な出来事に巻き込まれていく。

  

< 人 物 >

 須藤 誠(22)  大学生
 女性(45)     軽自動車の謎の女性
 佐々木(声)(22)        サークル仲間

______________________

○山間の道・俯瞰
   雲一つない初秋の青空。
   緑濃い長閑な山間の道を一台の車が走
   っている。
   
○車・中
   運転している須藤誠(22) 。
   カー・ラジオからは小気味よい音楽が
   ながれている。
   音楽に合わせて口笛を吹く須藤。
   機嫌のよい様子。
   いきなり、助手席に置かれたバッグの
   中から携帯電話の呼び出し音が鳴る。
   須藤、運転しながら片手でバッグをま
   さぐり、電話を取り出す。画面には『
   佐々木』の文字。
須藤「(電話にでて)もしもーし」
佐々木の声「もしもし誠?」
須藤「おー、佐々木」
佐々木の声「おー、じゃないよ!」
   電話に雑音が入る。
佐々木の声「何やってんだよ。みんなもう集
 まってお待ちかねなんだけどなあ」
須藤「ごめんごめん。出るのにとまどっちゃ
 ってさ。あと、二十分ぐらいで着くと:」
佐々木の声「(遮って)え?よく聞こえ」
   激しい雑音。
須藤「(声を大きくして)あと二十分で着」
   電話切れて無音になる。画面に『圏外の文字。
須藤「チッ」
   投げやりに携帯電話をもどす。

○山間の道・俯瞰
   景色は開けて、真っすぐな一本道を走
   る須藤の車。その先に赤い軽自動車が
   進行をふさぐように停車している。
   追い抜く、須藤の車。

○もとの車・中
   バックミラーに、車の前でしゃがみ込
   む女性(45)が映っている。
   女性、派手な赤いドレスを着ている。
   須藤チラッと見て、
須藤「何かあったのかな?」
   スピードを落とす須藤。
須藤「急いでる時に限って、これだよ」
   須藤、車を停めUターンする。

○路上
   須藤の車、軽自動車のそばに停車する。
   車を降りる須藤。
須藤「どうかしましたか?」
   須藤近づくと、女性は泣きじゃくっている。
須藤「…あの…どうし……」
女性「(大泣きして)私、私、何かを轢いたのよ。
  何かが私の車に飛び込んで、私、ブレーキかけたんだけど…
  何かが…何かが…」
   須藤、訝し気に周りを調べるが、何かを轢いた形跡は全くない。
   女性の車から煙。

○須藤の車・中
   運転する須藤。後部座席には女性。
須藤「僕、この先の山荘に行くんです。この
 辺りじゃ携帯使えないから、山荘行けばき
 っと電話もあるし。
 もしかしたら車修理する所見つかるか
 もしれませんし。安心してください」
   返事をしない女性。時々ブツブツ言い
   ながら泣き続けている。

○山間の道・俯瞰
   樹々が鬱蒼と茂る、標高の高い山道。
   
○須藤の車・中
須藤「おかしいなあ。そろそろ着いてもいい
 はずなんですよ:。一本道だから迷うはず
 ないんだけどな:」
   女性の返事はない。
   須藤、車を一旦路肩に停め、地図を調べ始める。
   バックミラーには、煙草を取り出し、
   ふかし始める女性の姿が映っている。
須藤「あの、僕ももらっていいですか? 煙草」
   煙草とマッチを差し出す女性。俄に手
   が震え、怯えている様子。
   須藤受け取り、マッチを見ると、
須藤「あれ?」
   十本入りのブックマッチ、表には『山
   荘・山猫軒』と印刷されている。
須藤「ここ、ご存知なんですか? 僕今、こ
 こへ行くつもりなんですよ」
女性「ヒーッ」
   酷く怯える女性。
須藤「(和ませるように)あの、大学の山岳
 サークルの合宿でね:。なんか、いい所ら
 しいですね、この山猫軒って。最近できた」
 
   須藤を遮って、突然、
女性「静かにおし!」
   凄みの効いた声に驚く須藤。
女性「声がする。声がするでしょ?」
   耳を澄ます須藤。が、何も聞こえない。
女性「きっと、私が轢いた何かよ。あの何かよ」
   女性、青ざめた顔でかすかに震える。
   須藤、なだめるように、
須藤「大丈夫、大丈夫ですよ。僕には何も聞
 こえなかったけど:。何かって、一体何で
 すか?」
   女性、再び泣き始める。
   困る須藤、向き直り煙草に火をつけよ
   うとするが、なかなかマッチがつかな
   い。折れてダメになるマッチ。
須藤「チッ」
   と、灰皿に捨てる。
   イライラする須藤、二本目のマッチも
   つかない。再び、折れるマッチ。
   すると、
女性の声「ヒヒヒッ」
   引きつった笑い声。
女性の声「佐々木と山岡、消ーえたっ」
   ギョッとして振り向く須藤。
須藤「今何て?」
   女性、相変わらず震えている。
須藤「今、佐々木と山岡って!」
   女性、顔を隠す。
須藤「僕のサークル仲間、知ってるんですか
 知り合いですか? 何で知ってるんですか
 消えたって言いましたよね。どういう意味
 ですか?」
女性「何にも言ってないわよ、私。知らない
 わよ、何にも知らないわよ、私。(ハッと
 して)きっとあいつよ! あいつの声よ。
 私が轢いた何かが言ったのよ! そうよ、
 きっとそうよ」
   尋常じゃない女性の様子。
   須藤、緊張した面持ちで、急いで車を出す。
      
○山間の道・俯瞰
   走る須藤の車。
   車からもれる大音量のカーステレオの音。

○須藤の車・中
   大音量の中、引きつった顔で運転している須藤。
   バックミラーをのぞくと、女の寝顔。
   須藤、汗を拭う。

○山間の道・俯瞰(夕)
   辺りは薄暗くなり、うっすらと霧がた
   ちこめている。
   須藤の車なだらかな一直線の道を走っている。

○須藤の車・中(夕)
須藤「(つぶやいて)やばい、完全に迷った
   視界が悪く、眼を凝らす須藤。
   前方に停車している赤い車が目に入る
須藤「ん?」
   近づく車。追い越し際、見ると、煙を
   出している赤い軽自動車。
   ハッとする須藤。バックミラーには車
   の前で泣く赤いドレスの女性が映っている。
須藤「えっ?」
   須藤、驚いて後部座席を見ると、女性
   は跡形もなく消えている。
須藤「うわーっ」
   ハンドルを握りしめ、アクセルを踏み込む須藤。
須藤「嘘だろ! 嘘だろ! あー神様ー。南
 無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
   必死でハンドルを握り、汗びっしょりの須藤。

○山間の道・俯瞰(夜)
   霧が深く立ちこめている。ヘッドライ
   トをつけ、ゆっくり走る須藤の車。

○須藤の車・中(夜)
   疲労困憊の須藤。
   視界が悪い中、のろのろと車を進めて行く。
   前方に光が見えてくる。
   光、『山猫軒』と大きく書かれた看板
須藤「助・か・ったー」
   安堵する須藤。

○山荘『山猫軒』・外観(夜)
   丸太作りの二階建ての山荘。部屋とい
   う部屋には煌煌と灯りがついている。
   狭い駐車スペースに入ってくる須藤の車。
   他にも数台の車が停まっている。

○須藤の車・中(夜)
   エンジンを切ると、ハンドルにもたれ
   かかり、深いため息をつく須藤。
須藤「まさかなー……」
   後ろを振り返り、ガランとした後部座
   席を見る。
須藤「信じられない……。絶対信じられない
   首を振る須藤、ふと目をやると、ダッ
   シュボードに山猫軒のマッチ。
須藤「誰か、夢だって言ってくれ」
   固まる須藤、震える手でマッチを手にする。
   表をめくると、一本だけ残っているマッチ棒。
須藤「ん? 一本? …いつの間にか…減ってる」
   女性の声が甦る。
女性の声「佐々木、山岡消ーえたっ。九人み
 ーんな消ーえたっ」
須藤「何て?」
   咄嗟に後ろを振り返る須藤。
   ガランとした暗い後部座席。
須藤「中川、佐々木、山岡、種田、岡田、松崎…」
   須藤、指折り数えていく。
須藤「田所、井田、横井。(呆然と)九人…
    みるみる顔が引きつる須藤。
須藤「(苦笑して)そんなバカな」
   マッチを投げ出すと、よろよろと車を降りる須藤。
   何も持たず、ドアも閉めず、そのまま山荘に向かって歩き出す。
   足を引きずるように、やっとこ入口に辿り着くと、
   須藤、山荘の中に消える。
   と同時に、山荘内の電気が落ち、辺りは暗闇と深い霧に包まれる。
   車内の暗闇に浮かぶマッチ。
   最後の一本、消えている。

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