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ひさしぶりに、恋が走ったときの話

毎年この時期になると思い出す。

路肩で排気ガスに黒ずんだ雪
自分の息が白くふわふわと空に消える様
予定より早い便で着いた新幹線の駅
ばったり会って、目を丸くした顔

たぶん、ずっと忘れられないと思う。

地方で働いていた頃の同僚が、久しぶりに遊びにおいでと東京にいる私を招待してくれたのは、もう何年前の冬だったろうか。当時、クリスマス商戦真っ只中の仕事に忙殺されていた私は、予期せぬサンタの到来に両手を上げて喜んだ。

新幹線の時間に合わせて待ち合わせ時刻を決めたものの、私はそれより2本も早い便に乗った。楽しみで、待っていられなかったから。

彼がどういうつもりで誘ってくれたのかは全然わからなかった。
いつものコミュニティから距離のある人間に話したい事があったのか、昔あげたプレゼントのお返しなのか、ただ年末年始で遊びたかったのか、デートなのか。
そもそも2人きりなのかさえわからなかった。

年頃の男女だから想定されることはあれど、私自身、彼に対して恋愛目線はなかったし、単に同窓会気分でウキウキしていた。考えるほど邪念が湧き出てきそうなので、なるべく早く自分で掘り下げないようにしていた。

久しぶりに会うので成長したと思われたかったし、都会に戻ったからには「垢抜けた感」を出したいのもあった。とりあえず早めに着いて、コーヒーでも飲みながら心を落ち着かせる時間が私には必要だった。

改札を出ると、東北の冬は東京とは全く違う、刺さるような冷えた空気だった。駅ビルの前では、タクシーやバスから白い湯気が上がり、人は皆分厚いコートに顔を埋めて歩く。久しぶりの光景が懐かしくて、思わずマスクの下で微笑んだ。

背後のビルの自動ドアが開いた時、向こうから歩いてきた人と目が合った。
目を丸くしたその人は、そこにいるはずのない私に若干戸惑っていたと思う。
すらりとしたシルエットに、ちょっと細い目。
不意に再開の時が来てしまって、動揺する間もなかった。

「…!あ、あの、実は、ちょっと早く来ちゃったの」と、はりきり過ぎた自分をごまかし気味に言うと、『…ちょうどよかった』と、彼の車に向かった。
やっぱり2人なんだと思って、私はちょっとかしこまった。

ひとまず話題の映画を見て、あのシーンのセリフは深読みするとこうだとか、続編が出るんじゃないかとか、前方のシートにいた不思議なカップルのこととか、あれこれ話して、一通り笑った。

彼は頭の回転が早くて、話が面白い。しばらく空いたブランクの時間は、あっという間に埋まった。

「人には教えない店」と、彼が連れて行ってくれたお店は、雰囲気の良い鉄板焼店だった。薄暗いカウンター席は大人の雰囲気に包まれていて、いかにも特別な日に来るような感じだった。
ドリンク以外のメニューはなく、次々に良質な食材ばかりが出てきて、お世辞抜きでどれも最高に美味しかった。私は「こんな素敵なところに、一体誰と来るんですか」と彼を冷やかした。

半円型のカウンター席の向かい側には若いカップルがいて、その隣にはワケありっぽい紳士と若い女子がいた。それぞれの関係を想像しつつ、私たちは年齢こそ同年代だけど、会話は敬語だし、彼らにどんな風に見えているだろうと思った。そこでハッとして、勝手にひとりで照れた。

ただ。お酒も回り始めた頃、かつて一緒に働いていたときの話をしながら、少し真面目な顔をした彼は、私を『戦友だと思っているんです』と言った。"勘違いしないでね"と釘を刺されたような気がして、少し自惚れていた自分に気づき、「それはもちろん私も!」と返した。

ちょっと複雑な気持ちになりながらも、美味しいご飯に、楽しいおしゃべり、夢のような時間だった。私が化粧室に行っている間に会計まで済ませてくれていて、忘れかけていたデート作法に感動すら覚えた。

店を出ると、時間的にはまだもう1軒行けるくらいの時間だった。年末年始の空気が抜けきらない、田舎の都会の夜はとても賑やかで、選択肢はいくつもあった。
でも、どうやって声をかけよう。周辺の店をリサーチしておけばよかった。でもさっきちょっと予防線張られたしな…。

私たちは予めとっておいたホテルへまっすぐ歩いていく。過ぎ行く景色を見ながら、彼と何かの話をしていたけれど、正直上の空で何を話したかも覚えていない。「もう少し一緒に過ごしたい」という気持ちが私の頭の中を占領していた。

ロビーにあったカフェにすら誘えないまま、通り過ぎてエレベーターのボタンに彼の指がふれる。意識しなければもっとなんでもなく「もう一軒行こうよ」とか「ちょっと付き合ってよ」とか言えるはずなのに、変な空気にしたくないとか、断られたら気まずいとか、迷惑かなとか、邪念が私を押し込める。

エレベーターに乗りそれぞれのフロアのボタンを押す。
言いたいことは大体言えるタチなのに、言葉ひとつ出せないでエレベーターが動き出す。

「………。終わっちゃいました。寂しいですね」

精一杯の一言をこぼすと、エレベーターがタイミング悪く彼のフロアで開いた。
彼が降り、私が挨拶するかしないかくらいのタイミングだった。

『すぐ寝ますか?』

不意に発せられた質問の意味がよく分からず、瞬きを3回ほどした。それがどういう意向があって、何と答えるのが正解かなど、その時の私には考えられなかった。

「あ、いや、寝ま、、…!」

エレベーターを停めたまま話していることにハッとして、思わず私も降りてしまった。背後でエレベーターのドアが閉まる。もしかして、これはすごく肉食的な恥ずかしい行動に出てしまったんじゃなかろうか…、下がることもできないで、慌てて取繕うとした時だった。

彼の肩が私の口をふさぐように、ハグされていた。
肩がすくんで、どちらのかも分からぬ心臓の音が聞こえた。

*****

毎年この時期になると思い出す。
何歳になっても、ドキドキした時のことは思い出すといつでもドキドキできる。

大人になっても、ファーストデートは美しい。
そして、思い切りはいつだって必要だ。


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