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「若きサムライのために」

 先日、マッサージを受けながら、パソコン通信という言葉が口をついて出た。懐かしさを覚えた。振り返ってみると、NECの8801を駆使しながらBASICを学習し、パソコン通信、HTML、アップルのパソコンへと形を変えていった。パソコン通信のフォーラムで、さまざまな会話をしながら調べたり、思考したり、ときにはお会いすることができた。やがてインターネットが始まり、これで何ができるのだろうと仲間と話していた。

 音作りに興味があったので、画面の楽譜に音符を打ち込み、交響曲に仕立て、それらいくつかの曲をランのイベント会場に流した。自作曲の演奏が会場に流れたときは嬉しかった。アップルのイベントAUGMが大分で毎年開催され、何度も出席したが、長女の主人がそれに関わっていたことを後で知った。

 ネットの発展が人々の楽しみや学習の場として存在するものであればよいが、今、さまざまな問題が起き、言葉による暴力であふれることもある。多様であってもいいのに、独善的な主張が多いように感じる。ソクラテスは「無知の知」という考え方を示した。知らないことを自覚しないのは不遜であり、気づきが失われている社会でもあるようだ。
政治家然りで、サント・ブーヴの「わが毒」を思い出す。三島由紀夫の「若きサムライのために」の「長幼の序について」にも記述され、三島はかなりのショックを受け、サイドラインを引いたと吐露している。
「齢不惑を越えた高名な多くの人々の間に、失敗や脱線や狂気の沙汰や卑劣な行為を見るにつけ、ぼくは思う。向うみずや気の早さはあるが、青春というものはやはりまじめな聡明なものだ。方向を失って軽薄なものになってしまうのは、かえって人生の後半においてだ」。

 「汝の道を歩め、人々をして語るにまかせよ」。ダンテの神曲の一節らしい。ある本を読んでいて、心惹かれた言葉である。自分の人生は自分のものであり、他人の評価を気にせず、自分に正直に生きていたいものだが・・


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