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「日本婦道記」 山本周五郎



 司馬遼太郎をたくさん読んでいたと思ったら、周五郎も少しは読んでいるではないか。
彼の作品リストを改めて眺めながらそう思った。やはりこれは亡父の血脈かな。
高倉健さんが「男としての人生〜山本周五郎が描いた男たち」を愛読していたのは有名な話だが、黒沢明監督や山田洋次監督、作家では沢木耕太郎さんも周五郎に魅せられていたようだ。

 この小説は11編の短編集で構成され、武家女性の力強い生き方が表現される。身につまされるような清らかな真実を通して、人としての生き方を教示する。
「人はこんなにも深い心で生きられるだろうか」(藪の蔭)という言葉に考えさせられ、恥じ入るような気持ちになった。
周五郎の作品に流れる日本的情緒は現代にそぐわないものかもしれない。
しかし心に響くのは、もっと深いところにある普遍性ではないか。
いつの時代でも、どんな民族でも、お互いが通じ合う普遍的な真理を享受できると思う。

 惻隠の情、陰徳を積む心、奥ゆかしさ。
このような情緒は日本人が持つべき誇りだと思うのだが、私たちは合理的な西欧文明に慣れてしまっている。
「日本的なものが、大きなことを云えば一番世界的に通用するもんなんだ」。
小津安二郎監督の言葉が身に染みて思い出される。

 「美しさは在るものではなく自分で新たに築きあげるものだ」(桃の井戸)。
周五郎が生涯をかけて描き、それらの作品の底に流れるものは、人の心の美しさである。
この作品もまた随所に真珠の一粒のような煌めきを散見し、清濁の世界から解放され、昔時の自分に戻れる気がした。
歳を重ねれば重ねるほどにこの国が愛おしく感じてくる。来年は吉野の桜を妻と見に行こう。
そして会津八一の句の清々しさを訪ねてみよう。

 奈良坂の石の仏の頤(おとがい)に小雨流るる春は来にけり  会津八一

山荷葉


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