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カント『実践理性批判』「序」解読002

▼自由が証明されることの意味
「純粋理性の能動的使用=実践理性=善悪判断」の証明によって、次の3つの存在も証明される。
・自由
・神
・心の不死
 この3つは、前著『純粋理性批判』では、可能性までしか証明できなかった。本書では完全に証明される。

 この3つのうち、自由の存在が証明されることが、とくに重要である。
 なぜか?
 自由が確立されれば、純粋理性の理論の基礎となるからである。自由の存在によって、神と心の不死の存在も証明される。

 前著『純粋理性批判』において、思弁理性(純粋理性の一種)にもとづく証明によって、自由が蓋然的に存在することまでは明らかにできた。自由を必要としたのは、思弁理性が無条件的にものを診ようとして陥る「因果関係(原因と結果)による二律背反」から抜け出すためだった。

 自由はどうして可能であるかがわからないが、人間が経験によらず元から知っている理念である。
 また、自由は道徳法則を存在させるものである。

▼用語解説
蓋然的(がいぜんてき)な確かさ:
 それだけでも矛盾はなく、ほかの事物との関係においても矛盾がないけれども、客観的な証明はできないていどの確実さ。

思弁的:
 岩波文庫 篠田英雄訳『純粋理性批判 下』事項索引p79によると、「我々が経験において求めることのできないような対象やかかる対象の概念に関する理論的認識は思弁的認識であり、これに自然認識が対置せられる 662-663」(数字は原版の丁付け)とのこと。
 純粋理性の一部を指して、思弁理性などと使うこともある。ただこの場合、たいていは「実践理性に対する思弁理性」という意味で、純粋理性とほぼ同じ意味である。

二律背反:
正反どちらの命題も、肯定も否定もできる状態。
例:世界について――
(正命題)世界は時間的な始まりをもち、空間的にも限界を有する(宇宙は有限である)
 始まりも限界をもたないものは、「ある」と「ない」との区別がつかない。「ない」状態がない以上、「ある」状態を特定できない。すると存在するとは言えなくなる。したがって、かならず時間的・空間的な限界は存在すると判断するしかない。
(反対命題)世界は時間的な始まりをもたないし、空間的な限界もない(宇宙は無限である)
 始まりがある場合、始まり以前にも何かがあったはずで、その何かも世界と言わざる得ず、世界に始まりがあるとは言えなくなる。また、空間的に限りがあるということは、その外側があるということになり、その外側にもさらに外側があるとなると有限にならなくなる。したがって、世界(宇宙)という全体を考える場合、限界は存在しないと判断するしかない。

▼自由についてのカントの弁明
「自由は道徳法則を存在させるものだ」と言っておきながら、あとのページで「道徳法則が自由を意識するための第一条件だ」と言っていることについて、「決して循環論法ではない」という、カントの次の弁明がある。

・自由は道徳法則の存在根拠である。
・道徳法則は自由の認識根拠である。
 この2つの命題は矛盾しない。
 自由が存在しなければ道徳法則も存在しなくなる。
 自由に先立って道徳法則が認識されていなければ、自由を想定できない。

▼神と不死が必要な理由(参考:プラトン『国家』10巻 9-16章の「正義の報酬」)
 神および不死は最高善の条件をなすに過ぎない。そのため、神と不死は認識したり洞察したりはできない。しかしその可能性を想定できる。この両理念がいずれも矛盾を含んでさえいなければ、実践的見地においてはそれで充分である。
 神と不死は、物事を認識するだけの場合には、受け取った認識への、個人的な感想を思い描く根拠くらいにしかならない。しかし、善悪判断を行う際には万人に共通の基準の根拠となる。神と不死の想定抜きにしては、人間の幸不幸を超えた普遍的な価値が成立しなくなり、普遍的な価値がないとなれば道徳(善悪の存在)自体が成り立たなくなるからである。

物事を認識する=思弁理性=理性の理論的使用(受動的使用)
善悪判断を行う=実践理性=理性の実践的使用(能動的使用)

(*)上記の最後のパラグラフは、すず白の解釈がかなり入っている。つまり、無条件での善悪判断を行うためには、世界の外側に基準(世界の事象を測るために外側に設置するものさし)を設定する必要がある。ものさしでものさし自体を測ることはできない(右手で右手をつかむことはできない)。そこで世界の外側という存在を保証するものが「人間の幸不幸を超えたもの=神や心の不死」である。という解釈である。経験論を超えた基準が必要だったので、カントは神と心の不死を用意したのではないかと思う。
プラトン『国家』10巻 9-16章の「正義の報酬」とよく似ている気がする。この解釈であっているなら、この時点でカントの道徳論は破綻していると思うが……

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