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藤田観光(9722):DBJ飲食・宿泊支援ファンドを割当先とする優先株式発行

本シリーズでは、上場企業によるエクイティ性資金の調達に関する適時開示を取り上げ、資金調達の背景や商品設計、発行体(企業)・引受先(企業やファンドなど)に対する経済性を理解し、ファイナンスの狙いを紐解く。特に、ファンドを引受先とするファイナンスにおける、ファンド目線でのリスク・リターン設計の狙いや投資戦略の解釈に比重を置く。

本シリーズの分析対象は、主に下記の商品区分・調達方式に該当するエクイティ・ファイナンスの適時開示のうち、実施の経緯や調達規模、商品設計の工夫や話題性など、何らかの観点で特徴的と思われる事例である。

  • 商品区分:普通株式、優先株式、転換社債、新株予約権、劣後債など

  • 調達方式:公募、第三者割当


藤田観光(9722):業績回復により償還へ

当社が調達した優先株式の分析に移る前に、調達後の当社業績について触れよう。当社は23年12月7日、発行していたA種優先株式150株のうち50株の償還(取得及び消却)を公表(取得総額は約52億円)。訪日外国人需要増などによる業績回復を受け、優先配当など支払負担の重い優先株式を減らす。当社は新型コロナ禍で業績が落ち込んだ21年9月に150億円の優先株式150株を調達していた。24年2月14日に開示された23/12期決算によれば、経常利益は70億円と、直近3期連続の赤字を経て過去最高水準まで急回復を遂げている。

当社の経常利益は、3期連続の赤字を経て23/12期に過去最高水準まで回復 (会社資料より)
当社株も、直近の業績急回復を好感

23/12期に当社は通期計画を3度上方修正するなど好調が続いていた。ホテル椿山荘東京や新宿ワシントンホテルなどを展開しており、訪日客の回復もあり宿泊部門の業績が想定以上に進捗した模様。

決算発表と同日に「中期経営計画2028」も公表しており、これまでの取り組みとして、コスト改革やブランド再興、不採算事業の撤退などを挙げている。調達した優先株式は運転資金の他、23年7月に開業した「箱根ホテル小涌園」に充当された他、新中計では「5年以内の償還」を目指すとされた。

コロナ禍というマクロ環境の変化に対し、エクイティファイナンスを駆使しながら難局を乗り切り、回復→再成長の途に就いた藤田観光が当時行った資金調達の概要を、以下で振り返ることにしよう。

資金調達の背景

2021年7月16日引け後、藤田観光(9722)は優先株式150億円での資金調達を公表。第三者割当の方法によりA種優先株式を日本政策投資銀行(DBJ)傘下のDBJ飲食・宿泊支援ファンド投資事業有限責任組合に割り当てる。

当社はコロナ禍による需要蒸発を受け、20/12期に-209億円の経常赤字を計上。続く21年5月公表の21/12期1Qでも-61億円の赤字を計上し、通期の業績予想も未公表としていた。従前から比較的タイトであった自己資本比も19/12期:25.4%→20/12期:1.2%へ大きく低下。太閤園や投資有価証券、寮などの資産売却により資本増強に努める中、今回の増資に至った。

当時公表済みの21/12期1Q時点の純資産:246.3億円(自己資本比率:21%)に対し、優先株式150億円の調達により純資産は単純合算で約400億円(同30%)まで増強される。

本ファイナンスには普通株式を対価とする取得請求権が付されておらず、普通株式への希薄化影響はない。当社による本ファイナンスの公表後、翌19日の当社株の終値は2,250円と、前日終値(2,327円)対比-3%の下落となった。

以降では、DBJに割り当てられた優先株式の商品設計を概観し、リターンプロファイルからDBJの投資戦略を紐解きたい。

投資商品の主要ターム

本スキームの主要タームは以下の通り。各種表現は可読性を重視したため厳密ではない(正確な内容は下記ファイルを参照)。

A種優先株式

  • 払込金額:150億円

  • 配当率:4.0%

  • 議決権:なし

  • 譲渡制限:なし

  • 普通株式を対価とする取得請求権(転換権):なし

  • 金銭を対価とする取得請求権(償還請求権)

    • 償還可能期間:(分配可能額を限度として)いつでも取得可能

    • 基本償還価額:払込金額$${×1.04^{m+n/365}}$$
      ※払込期日(同日を含む)から償還請求日(同日を含む)までの期間に属する日の日数を「$${m}$$年と$${n}$$日」とする

    • 控除価額:償還請求前支払済優先配当金$${×1.04^{x+y/365}}$$
      ※償還日までの支払済優先配当金に関し、それぞれ複利計算で求めた以下の額を基本償還価額から控除する
      ※当該優先配当の支払日(同日を含む)から償還請求日(同日を含む)までの期間に属する日の日数を「$${x}$$年と$${y}$$日」とする

  • 金銭を対価とする取得条項(強制償還)

    • 行使可能期間:発行日以降いつでも取得可能

    • 基本強制償還価額:上記償還権の「基本償還価額」と同様

    • 控除価額:上記償還権の「控除価額」と同様

その他の事項

  • 重要事項の事前承諾権

  • 定期的なモニタリング会議の設置

DBJ飲食・宿泊支援ファンドの概要

この商品は、DBJ飲食・宿泊支援ファンド投資事業有限責任組合の組成目的にもある「償還型無議決権優先株」となっており、藤田観光のリリース中でも「社債型優先株式」と記載されている。従って藤田観光のB/S上では純資産として取り扱われるが、負債的性格の強い商品設計と言える。

ちなみに同じくDBJが手掛けたゼンショーに対する優先株引受のケースでも類似の商品設計となっており、かつ今回の方が仕組みが幾分シンプルであるので、DBJが手掛ける商品を理解する上で有用なケースと言えそうである。

また、当ファンドが手掛ける案件には他機関との協調投資も含まれるが、当ファンド単独での出資規模としては、当案件の150億円が現在最大である。

投資実績(23/3末現在11件)

  • 21年5月 - ワタミ(7522):120億円の優先株式

  • 21年6月 - テンアライド(8207):150億円の優先株式

  • 21年6月 - 梅の花(7604):10億円の優先株式

  • 21年7月 - 藤田観光(9722):150億円の優先株式

  • 21年7月 - ユナイテッド&コレクティブ(3557):5億円の優先株式

  • 21年8月 - 京都ホテル(9723):10億円の優先株式

  • 21年8月 - JTB:65億円の優先株式

  • 21年8月 - グリーンズ(6547):60億円の優先株式

  • 22年1月 - ジェイグループホールディングス(3063):10億円の優先株式

  • 22年1月 - DDホールディングス(3073):50億円の優先株式

  • 22年1月 - ロイヤルホテル(9713):80億円の優先株式

いずれもコロナ禍で大打撃を受けた外食、旅行産業関連の企業である。今でこそ経済活動が回帰してきているが、当時はポストコロナ禍における需要の捉えどころのない中、約半年で11件の投資を積み上げてきた。ある報道筋によれば一時期は「上場大手の飲食チェーンからの申請は列を成している状態」「ブライダルや商業施設からも問い合わせが相次いで」いたようだ。

DBJファンド目線のリターンと言えば上述のシンプルなスキーム以上でも以下でもないが、当時の混乱期において、与信が逼迫しつつも経営再建後のガバナンスへの影響を考えると大規模な増資も難しい中、そのどちらでもない第三の選択肢を提供したDBJと、それを活用し見事再建・再成長の途に就いた藤田観光の事例は、今後の有事におけるファイナンスの貴重なモデルケースになる可能性があろう。

今回は藤田観光のIRリリースをきっかけにDBJ飲食・宿泊支援ファンドのスキームとして深堀ることを着想したが、今後も様々なエクイティファイナンス事例を取り上げ、出資の経緯やその後の経過について考察していきたい。

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