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《有料・冒頭試読》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜/(18)「16」トレード移籍投手の系譜】

(写真 左から、24代・現在16を引き継ぐ種市篤暉、4代・左腕でフル回転した三平晴樹、11代・広島から移籍したサイドスロー望月卓也、19代・新人王を獲得した久保康友、23代・FA移籍し投手陣けん引した涌井秀章)


(18)「16」トレード移籍投手の系譜

 背番号16は投手の系譜。池辺巌が2年、塀内久雄が1年、背番号を変更して継いだが、それ以外は21人(西三男は2代)の投手が継いできた番号だ。ただ、準エース的な活躍をした投手もいたが、概ね短命に終わる投手も多かった。また、トレードに関連する選手が多い系譜でもある。23人が継いだが、トレードで他球団に移籍した選手が10人、トレードで入団して継いだ選手が6人と多い。それが24代と継いだ選手が多くなっている要因でもある。
 現在の背番号16の種市篤暉はメスを入れて復活した。25歳と若いだけに、背番号16を新しいステージまで引き上げてもらいたい。

----- 現在の背番号「16」 -----

 ★《24代》2020(R2)年~2024(R6)年・5年目 種市 篤暉(たねいち あつき) 投手(在籍8年目)

 【種市 篤暉 背番号変遷】63(3) ⇒ 16(5)
 2020(R2)年に4年目を迎えた種市篤暉が背番号を63から空番だった16に変更した。3年目の前年19(R1)に一軍に定着し、17試合の先発マウンドに上がり、23イニング連続奪三振を記録していた。
 20(R2)年は延期されたが6月の開幕からローテーション入り。7試合に先発し完封勝利も挙げたが、8月初旬にヒジの違和感で離脱。9月にはメスを入れ、このシーズンは3勝2敗で終えた。翌21(R3)年はリハビリに専念し登板なくシーズンを終える。
 22(R4)年は二軍で登板を重ね、8月11日のソフトバンク戦で740日ぶりに復活。この試合は勝敗はつかなかったものの再び抹消。このシーズンは1試合の登板に終わる。
 23(R5)年にようやく完全復活。キャンプから慎重に調整を重ねて開幕からローテーション復帰。結果も順調に上げ、初のオールスター出場を果たす。9月末にヒジに炎症を起こして抹消されたものの、最終的に23試合に先発し、自身初の二桁となる10勝7敗、僅かに規定投球回に届かなかったものの、防御率は3.42だった。ポストシーズンには復帰し、ファイナルステージで登板した。
 (23年シーズン終了時)
 <64試合、21勝15敗、防3.72、0S、2H、55先発、1完封、363奪三振>    

 ※在籍時に達成した主な記録
  ◆23イニング連続奪三振(2019年6月13日~8月4日)同一シーズンでは球団記録

----- オリオンズ&マリーンズ「16」の系譜 -----

 ★《初代》1950(S25)年~1953(S28)年途中・3年(移籍日不明) 上野 重雄 投手(在籍4年)

 【上野 重雄 背番号変遷】16(3+途中)
 球団創設に社会人・門司鉄道局(現JR九州)から入団した上野重雄が背番号16を着けた。
 1年目からリリーフと先発の谷間を埋める活躍を見せる。12試合に先発し11試合にリリーフ登板。7勝6敗、防御率は3.89でチームのパ・リーグ初代制覇を支えたが、日本シリーズでは出番がなかった。
 翌51(S26)年も12試合に先発、8試合にリリーフ登板し6勝5敗、防御率は2.83と安定したピッチングを見せた。52(S27)年はさらに登板を増やし、17試合に先発し14勝6敗と自身初の二桁勝利をマーク。防御率も3.20だった。
 53(S28)年は4月1日に先発し、2試合にリリーフ登板した後離脱。その後シーズン途中に東急へ移籍した。
 投手<79試合、27勝17敗、防3.38、42先発、6完封、111奪三振>
 打撃<79試合、打率.248、121打数30安打、1本塁打、14打点、0盗塁>

 ★《2代》1954(S29)年~1957(S32)年・4年 和田 勇 投手(在籍6年)

 【和田 勇 背番号変遷】61(2) ⇒ 16(4)
 1952(S27)年に香川・丸亀第二高校から入団し、3年目を迎えた和田勇が1954(S29)年に背番号を61から16に変更した。
 1年目から一軍のマウンドに上がり、前年は15試合に登板し1勝5敗だった。
 背番号を変更した3年目の54(S29)年は開幕から一軍マウンドに上がり、11試合に先発し18試合にリリーフ登板し、自身初の100回を超える109.2回を投げ、6勝4敗で防御率は2.95と安定感を見せた。しかし、翌55(S30)年から登板数を減らし、その55年は7試合(2先発)、56(S31)年は5試合(2先発)。そして57(S32)年は一軍登板なく終わり、そのシーズン限りで引退した。
 投手<78試合、11勝12敗、防2.99、30先発、1完封、149奪三振>
 打撃<78試合、打率.135、74打数10安打、1本塁打、4打点、0盗塁>

 ★《3代》1958(S33)年~1959(S34)年・2年 滝 良彦(たき よしひこ) 投手(在籍4年)

 【滝 良彦 背番号変遷】51(2)、16(2)
 1952(S27)年から53(S28)年に在籍し、高橋に移籍した滝良彦が高橋・大映の合併で大映に、そして58(S33)年の毎日と大映の合併により、5年ぶりにオリオンズに復帰することとなった。背番号は16を引き継いだ。
 高橋では主戦投手としてマウンドに上がっていたが、大毎では合併により投手陣の競争も激化。58(S33)年は13試合で防御率は5.76、翌59(S34)年は8試合の登板に留まり、そのシーズン限りで引退した。
 投手<25試合、0勝1敗、防5.57、3先発、0完封、18奪三振>
 打撃<27合、打率.000、7打数0安打、0本塁打、0打点、0盗塁>


 ★《4代》1960(S35)年~1962(S37)年・3年 三平 晴樹(みひら はるき) 投手(在籍5年)

  1938(S13)年7月26日生(入団時19歳)、左投左打
  秋田・秋田商業高‐日本鉱業日立‐大毎(58~62)‐大洋(63)‐阪急(64~66)

 【三平 晴樹 背番号変遷】41(2) ⇒ 16(3)

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