見出し画像

作曲家の「個展」を見逃すな!! ー福士則夫作品展「1974年から現在(いま)へ」を聴いて


「神様,お願いだから,いまここに隕石が落ちてきませんように!」

私は会場に到着し客席に座ると,祈りながらコンサートの開始を待つ。
大げさな話ではない。もちろん,ここではないどこかに落ちてしまうのも困るのだが,客席に着くと自然と祈り始めるのだ。

現代音楽のコンサートは,いわゆるクラシック音楽と呼ばれる,既に亡くなった偉大な作曲家の作品を演奏するコンサートに比べると,一般とは言い難く,正直なところ,マニアックな印象が強い。東京だろうと,地方だろうと,魅力的な内容に吸い寄せられた聴衆の中に,毎回見かける方を何人も目にすると,奇特な方だなぁと思ったり思われたりする。つまり,そんな奇特な方々を一気に失うようなシチュエーションを妄想すると,冒頭の冗談のようで本気の文言を心の中で唱え始めるのだ。大なり小なりの規模で区別するつもりはないが,フェスティバル級になると,規模も見た目も豪華になり,全国から一堂に多くの人が集まるため私の冷や冷や度も一気に高まる。そして,その次に大きな規模と呼べるのが,作曲家の「個展」と言えるだろう。

「個展」と言うと美術のイメージが強いかもしれないが,作曲家自身の作品のみを披露するコンサートにも使われる。個展は美術と同様,会場によって規模が異なることもあるが,作家のハレの舞台であることには間違いなく,何年,何十年という節目に開催される当然力の入った催し物となる。美術の個展の場合は,二週間,長いものは1ヶ月など期間があるが,コンサートの場合だと1日,しかも約2時間に凝縮されることが大半だ。よって,このハレの場には,舞台を彩る演奏家はもちろんのこと,客席にも作曲家,演奏家,評論家,常連のファンなど,いわゆる今日の現代音楽を支える様々な人々が個展を開いた作曲家の功績を称えるために集まる。会場が東京文化会館小ホールの場合,大抵後方の客席に座るのだが,根がミーハーであるため,客席を見渡しながら「わー! わー!」と心の中で歓声をあげる。やはり,2時間の濃密なひと時を憧れの方達と同じ空間で味わえるのは特別なことなのだ。というように,作曲家の「個展」の場合も,隕石に対する冷や冷や度も最高潮に達する訳である。

前置きが長くなってしまったが,今回聴いた「福士則夫作品展「1974年から現在(いま)へ」を聴いて」も,福士氏にとって3度目の個展であり,前回の個展から15年の月日がたったという。「次の15年後は90歳になりまして」というスピーチの内容から計算して,御歳75歳。40年ぶりに演奏されるパリ留学時代の作品から,この個展のために作曲された新曲まで,「身を乗り出すのはこういうことか!」と文字通り背中が背もたれに一度もつくことなく,最初から最後まで興奮が止まらない内容だった。

個展の場合,当然一人の作曲家の作品を披露するのだが,大抵様々な編成の作品が演奏されるため,作品ごとに奏者が変わる。最初の曲は40年前の作品であるため,当時の奏者とは違うが,緻密なアンサンブル,演奏とは違う身体的なパフォーマンスが要求される作品にふさわしい,今日のスペシャリストが顔をそろえた。その後のプログラムは,時代を超え,2010年代の近年の作品が並んだが,第一線で活躍する奏者の為に書かれた作品,つまり,その作品のスペシャリストと呼ぶにふさわしい演奏家が次々と登場した。つまり,一種のガラ・コンサートに近い雰囲気となる。ここまで,一同にして最高の演奏を聴く機会は,この「個展」ならではと言えるだろう。会場も素晴らしい演奏に惜しみない拍手を送り,会場にいるかなり偉い作曲家の方々が興奮して「ヒューヒュー!」「ブラボー!」と口にする姿を見れるのも貴重だ(笑)。そして,この場に居合わせたことに感謝の気持ちで満たされるのである。

今回の個展が大成功をおさめたことは間違いないが,一つ一つの作品に対する言及は評論家の先生方にお任せするとして,もうひとつ触れておきたいことがある。今回の「個展」を開催するにあたり,福士氏自らが挑戦したクラウドファンディングのことである。上述したように,作曲家渾身の作品を個展で披露するとなると,演奏者の数が多くなる。しかも,誰でも良いというわけではなく,スペシャリストを集める必要があるとなると,それに見合った資金も必要となる。ここで芸術とお金について議論するつもりはないが,なんとなくグレーになりがちなこの部分を,福士氏は「演奏者だけで80万円かかる」と公表し,クラウドファンディングで資金を集めるという今日的な手法を75歳にして軽やかに挑まれ,達成されたことに頭が下がるのである。(既に終了していますが,記事をお読みください)

現代音楽、福士則夫作品展。「1974年から現在(いま)へ」(Ready for)
https://readyfor.jp/projects/noriofukushi-koten

冒頭で話したように,現代音楽は限られた聴衆の中で支えられている,という雰囲気が拭いきれない。しかし,多くの関係者はもっと幅広い,今まで縁遠かった人々にも聴いてもらいたいと切に願っているのは確かだ。その打開策を我々は模索し続けなければならない。私は,この文章にも書いたように,今生きている音楽家との対話や,今日の音楽を聴くことによって得られる,いまこの時にしか得られない瞬間を味合わないのはもったいない! せめて私の周りにいる大切な人には伝えたい,という思いで文章を書き始めた。私の活動がどれだけの人に伝わるのかまだまだ自信はないが,最後に,これだけは声を大にして伝えたいと思う。

作曲家の「個展」を見逃すな!!

-------------------------------------------------
福士則夫作品展「1974年から現在(いま)へ」

2019年6月25日(火)19時開演
会場: 東京文化会館小ホール

■ ODE=I (1974)
松平敬(バリトン)、佐藤紀雄(ギター)、石田湧次(パーカッション)

■ 竜夢 (2012)
福士マリ子(ファゴット)

■ CALLING (2013)
辺見康孝(ヴァイオリン)、亀井庸州(ヴァイオリン)、安田貴裕(ヴィオラ)多井智紀(チェロ)

■ カモメは岬を巡り(2014)
小泉浩(フルート)、木村茉莉(ハープ)

■ Kang・Chen(2017)
山澤慧(チェロ)

■ 四重奏(2019)
福川伸陽(ホルン)、福士マリ子(ファゴット)、甲斐史子(ヴィオラ)、
菅原淳(パーカッション)、佐藤紀雄(指揮)

----------------------------------------------
※東京中心の情報ではありますが,現代の音楽を扱ったコンサート情報はこちらをご覧ください

現代音楽イベントカレンダー
https://contemporarymusicinfo.blogspot.com

昨今では質の高い現代の音楽を扱ったコンサートが数多く開かれている。中には超目玉級プログラムを披露するイベントの日程がバッティングし,どちらに行くか断腸の思いで選択しなければならないケースも増えてきている!

最後までお読みいただきありがとうございます。サポートは取材費として活用させていただきます。