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◆読書日記.《今野晴貴『生活保護 知られざる恐怖の現場』》

※本稿は某SNSに2021年2月9日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。

 今野晴貴『生活保護 知られざる恐怖の現場』読了。

今野晴貴『生活保護 知られざる恐怖の現場』

 著者はNPO法人POSSE代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。
 『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』で2013年の新語・流行語大賞トップ10に「ブラック企業」が選ばれる。
 いやいや、そう考えると、ブラック企業の存在も結構昔からあるんだねぇ。

 著者は自らのNPO法人で労働問題の相談、生活相談等に関わり、相談者の支援として生活保護の実態に触れてきた。
 その経験を踏まえ、本書の発行等時(2013年)の福祉行政の問題点、生活保護法についての問題点、そして福祉事務所の現場での問題など「生活保護」に関わる様々なトラブルについて紹介し論じる。

 本書の内容は、生活保護申請が受けられない・打ち切りにされた・等の相談を受けているNPO法人の代表の経験に基づいた論なのでかなり深刻なケースばかりが取り上げられており、「ほんとにこんなに酷いの!?」とにわかには信じられないような状況が報告されている。

 自治体によってもケースワーカーによっても事情は違ってくるだろうが、本書で報告されているようなケースによって何人もの市民の命が失われているという指摘は、重く受け止めなければならない。

 日本では「働かざる者食うべかざる」的な価値観が良く聞かれるが、この言葉の出典と言われている新約聖書での「働かざる者」とは「働けるのに働こうとしない者」であって、本書に書かれているように病状の悪化によって仕事が出来ない者や体の効かない高齢者、シングルマザーで子供の養育費まで手が回らない貧困家庭などのような「働きたくとも働けない者」の事ではない。
 で、本書で紹介されている「生活保護を受けられず困っている人々」とは、そういった「働きたくとも働けない者」たちなのである。

 生活保護費を受給する人達に対する世間の評価が厳しくなったきっかけと言うのが、本書の冒頭で紹介されている。

 2012年4月12日に発売された『女性セブン』(小学館)の「年収5000万円 超人気芸人『母に生活保護』の仰天の言い分」というタイトルの記事がきっかけだった。
        今野晴貴『生活保護 知られざる恐怖の現場』より引用

 これによって世論の生活保護制度へのバッシングが高まり、更には「不正受給」の取り締まりの強化や給付額の減額にまで発展していったという。
 この世間の生活保護に対する厳しい見方は8年も前からずっと続いているのか、と少々ゲンナリした気分にさせられた。

 弱者への寛容が得られない社会は衰退する。

 こういう傾向も先日紹介したラスキ『近代国家における自由』で批判的に論じられていた。

 失業手当の事を「施し物」と呼んだイギリスのジャーナリストは、イギリスの失業者が、労働を嫌って、安逸な怠惰にふけり、ただ、納税者に寄生する事に汲々としているという感じを有閑階級に属する無数の人々の心に植え付けた。働こうとしないのは、1パーセント以下のごく少数だと言う事実の証明でさえも、以上のようなステレオタイプの瘴気を突き破る事はできない。
     ハロルド・ジョセフ・ラスキ『近代国家における自由』より

 ――なお、ここで言っている「ステレオタイプ」とはW・リップマンがかの『世論』にて論じていた「疑似環境」や「ステレオタイプ」の事である。

 約1世紀も前に批判されている議論を、日本では未だに世間で問題視されているのである。そりゃあ、民主主義なんて定着するはずもない。

 因みに、本書で紹介されている生活保護費の不正受給の総額は、当時(2011年度調査文)需給金額の総額のわずか0.48%である。1%にさえも満たない金額だ。
 これは最近ではどうなっているのかとちょっと確認してみたが、2017年時点でも金額で見た不正受給率は0.45%となっている。

 「不正受給は金額面で見てみても、全く行政の財政を圧迫していないレベルの問題だった」という事実でさえも"以上のようなステレオタイプの瘴気を突き破る事はできない"だろう。

 また、その「不正受給」の内容についても、本書によれば受給者の勘違いや思い込みで未申告となっていたケースも多いという。

 例えば、子供がアルバイトをしている事を親に知らせておらずに未申告となっていたり、高齢者が年金と一緒に保護費を受給されていたので行政が両者とも把握しているものだと思い込んでいて、あげく未申請になっていた、というものもある。

 これらのケースは行政による不正受給の摘発強化によって年々件数が増加傾向にあるが、中身は前述のようなケースも多くて1件当たりの金額が低いので、不正受給は金額ベースでは保護費全体の0.48%という低い値におさまっているのである。

 だからこそ問題になるは「不正受給」のほうではなく、不当に受給できずに貧困が深刻化したり、あげく餓死や孤独死に追い込まれてしまうケースである。

 本書で紹介されている限り、行政の生活保護費の水際防御作戦によって生じた餓死者は明確に判明しているだけでも毎年50人以上もの数に上っているという。

 定義にもよるが、毎年(※餓死者が)1000人以上に上がるとの見方もある。
         今野晴貴『生活保護 知られざる恐怖の現場』より引用

 ただし、この孤独死や孤立死、餓死については行政の水際作戦の犠牲になったものかどうかは把握が困難なので正確な数字はわからないのだそうだ。

 しかし、それにしても経済大国の日本においてこれほどまで餓死者がいたとは!
 行政は「餓死者が増えるのは仕方ない事だが、それよりも受給者が不正受給している事のほうが許せない」とでも言いたいのだろうか?

 では何故昨今のこのような行政の「水際作戦」のような行為が横行しているのか。
 本書によれば厚生省による「適正化政策」によって行政における生活保護費の削減が求められた点が挙げられる。

 生活保護での「適正化」というものは二種類あって、
 1)濫給=受給資格のない者にまで保護費がむやみに支給されてしまっている状態
 2)漏給=本来支給されてしかるべき人に保護費が支給されない状態
 ――これを「適正化」することを言うそうである。

 ただし、「適正化」とは言っても昨今の場合は、行政が保護費の削減目標を達成するために1)の対策を強化し、2)に関心を持たなくなってしまったという状況になっているのだそうだ。

 あげく、日本において生活保護が受ける資格が十分にある人が、実際に生活保護を受けている割合(捕捉率)は15.3~18%程度で、2割にも満たない。

 因みにドイツの捕捉率は64.6%、フランスは91.6%、イギリスでは47~90%と言った感じで日本の捕捉率はG7の中でも群を抜いて低い。

 何のためのセーフティネットなのか。何のための日本国憲法第25条なのか。

 どうも日本では、何故「健康で文化的な最低限度の生活」をおくる権利が国民にあるかなんて事は、全く理解されていないようである。


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