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◆読書日記.《河合隼雄『中空構造日本の深層』》

※本稿は某SNSに2019年2月24日に投稿したものを加筆修正のうえで掲載しています。

 河合隼雄『中空構造日本の深層』読了。

河合隼雄『中空構造日本の深層』

 先日、丸山眞男『日本の思想』の感想を書いた際に少しご紹介した、日本の社会構造、思想構造などを『古事記』から読み解く、ユング派心理学者の論考集。

 表題にも出てくる「日本の中空構造」の考え方について説明する3編と日本の民話を読み解く4編、そして現代社会を読み解く5編の論文を収録。

 本書の「中空構造」という考え方は、非常に多くの知識人に影響を与えた論文のようで、本書の解説を書いている神話学者の吉田敦彦も刺激を受けた一人なのだそうだ。

 ユング派心理学ではしばしば神話や民話を研究するが、それは「心理学がその物語を心的過程の表出として考え」ているからなのだそうだ。

 人は何故文字も発明される前の遥か古代から物語を作って語り継いできたのか?
 語り継がれてきた物語と言うのは「残る理由」があるから残っているわけで、その民族が関心を持たない=その民族との心的関連の薄い物語は、残らなかったと考えるのである。

 神話や民話がその民族の間に語り継がれ、長い年月を経てさえも残り続けてきたという事は、その民族にマッチした何かしらの理由があったからだという考え方をするのだ。
 その物語が、何かしらその民族の心理と関連性があるからなのだというわけである。

 そういう事で海外のユング派心理学者はギリシア神話やキリスト教の創世記神話、グリム童話などの物語を熱心に読み解いてきたのだが、日本の民話についてはその解読が進んでいなかった。
 そうい事で本書では、海外のユング研究所で直接学んだ日本のユング派心理学の権威としての著者が、日本の神話である『古事記』や日本の民話を、心理学の観点で読み解いたのである。

 興味深いのは、神話や民話は「夢」に出てくる話に物語論理や展開が似ていると言う事がしばしば指摘されるという所だ。
 そこから、古代人はどうやって神話や民話のような、あの想像力豊かな物語を紡ぐことができたのかと言うと、誰かが見た「夢」を元にしているか、そういった「夢」をヒントか何かにしているのではないかという考え方につながっているそうだ。
 そのためにユング派心理学者は、夢判断と同じように神話や民話の精神分析ができると考えるのである。

 そこで『古事記』の解読から出された仮説が「神話の中空構造」なのである。

 丸山眞男『日本の思想』のほうの記事にも書いたが、少々おさらいしておこう。

『古事記』にはしばしば神様が3柱揃ってトリオとして現れるが、中心を担うはずの重要な1神が、何の役割も担っていない。
 そこで著者は日本の重要な深層構造を「三項でバランスを取り、その中心は虚ろになっている」という仮説を立てる。

 中央にアンビヴァレンスな存在を置き、その双方に対立的な二項を立たせることでバランスを保つ構造。これが「中空構造」なのである。

 著者はこれを天皇制にも近い考え方ではないかと考えるのだ。
 確かに天皇は「象徴」として日本の代表的な顔としての役割を持って日本の中心に住まわれているが、実質的な権力は持っていない。

 これは戦前も含めて長い間日本の権力体制の姿だったのではないだろうか。

 源氏や足利や豊臣や徳川のような支配者もすべては「征夷大将軍」という天皇の権威の背景を持って存在してきたわけだし、明治維新以降の天皇集権体制でも、天皇は実際に権力をふるった訳ではなく、周囲の人間が権力を振るっていたのだ。

 このような「中空構造」を持つ組織の欠点のひとつは責任体制が曖昧になると言う事があるのだそうだ。

 著者も「このような無責任体制も、それが事なく働いているときは、案外スムースに動いているものであるが、有事の際にはその無能ぶりが一気に露呈されるのである」とその危険性を指摘する。

 日本の無責任体制の一例として著者は1981年に起こった敦賀原子力発電所(日本、福井県)の事故を挙げる。
 この事故でも日本は「欧米諸国から見ればまったく不可解としか見えないような、統合性のない、誰が中心に置いて責任を有しているかが不明確な体制がとられていたのである」と批判している。

 この傾向は、現政権の無責任体制も説明してはいないだろうか。
 近年明るみに出た厚生労働省の勤労統計不正についてのもやもやが残るのも「私が責任者です。申し訳ありません。どんな罰でも受けます」というハッキリとした責任の所在が全く明らかにならず、トップがのうのうと延命している所にあるからとも言えるだろう。

 また、丸山眞男の『超国家主義の論理と心理』でも、第二次世界大戦における日本の戦犯を裁くために執り行われた極東裁判にて、日本の行政の責任者の呆れ返る程の無責任な証言が紹介されている。

 日本は勢いに乗っている時は驚くべき勢いで躍進するが、情勢が悪くなると一気に問題点が噴き出してくるものだ。「中空構造」という捉え方は、案外日本の問題点の絶妙な部分を突いているのかもしれない。


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