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舞台『キングダム』感想


漫画を愛読し、実写映画も繰り返し観た。広大なスケールで展開される世界観を、舞台という場でいかに表現していくのか。
おもに脚本の視点から、感想を綴りたい。
また末尾に、今回印象に残った漂・嬴政役/牧島輝さん、紫夏役/朴璐美さん、楊端和役/美弥るりかさんの印象についても記した。

◆脚本からみる、舞台『キングダム』

「夢を叶えること」をキーワードに、原作をうまく2時間でまとめあげた実写映画に対し、舞台は「継承すること」を中心にストーリーを組み上げた印象が強い。本作では主に、昭王・王騎-政・信、漂-信、そして紫夏-政にその図式が見て取れる。

物語は、昭王と王騎の会話から始まる。ここで完全に、心を掴まれた。やられた、と思った。開始0分で泣いた。
中華に焦がれた王と、その腹心の部下の構図は、そのまま政と信に重ねられる。物語の幕開けとととに、新しい時代の幕開けを告げる役目が、王騎には与えられた。
と同時に、王亡き後の、王騎の心の空白にもフォーカスがあてられる。この物語は、王騎の回想で始まり、回想で終わる。"中華"を追い求めた戦神昭王の時代から、嬴政の時代へ。その継承、架け橋を担うのも王騎だったのだ。
そして言わずもがな、漂から信への継承は、本作を貫く太い柱となる。
キングダムという漫画は、死者の願い繋ぐ物語だと思っている。そもそも歴史モノの浪漫とはえてして、そこにあるのかもしれない。今よりも遥かに人間の寿命が短かった時代に、戦で簡単に人の死ぬ時代に、人の抱く大きな望みは一個人では完結しない。ただひたすらに、次の世代へ、次の世代へと繋げていくのだ。そうやって、キングダムという漫画のキャラクター達は前に進み続けている印象がある。
信は漂からバトンを受け取り、大将軍への道を進み始める。だが、彼は漂の屍を越えはしない。共に連れて行くのだ。
ラストシーン、信はかつて漂と過ごした日々のように、政に木の棒を持たせる。舞台オリジナルのシーンである。漂と戦った数がリセットされないのは、一見、政と漂が同一視されているようにも見えるがおそらく、そうではない。信と漂の道がこれからも続いて行くことの示唆であろう。むしろ漂は信のなかに内面化されているのだ。
漂がどれほど信と共に"生き続けて"いるか、原作漫画を読んでいると痛いほど伝わってくるので、このラストには本当に痺れた。
舞台版と原作との差異はなにより、紫夏編を組み込んだ点にある。昭王・王騎-政・信と、漂-信への継承の構図に加わる第三の、紫夏-政への継承の構図は、政の背景を深掘りし、2時間半のなかでW主人公として信と政を並び立たせることに成功した。政こそまさに、数多の屍の上に立つ王であり、その肩にかかる命の重みは計り知れない。
原作と違い、幼い自分と、それを救った紫夏を今の政が俯瞰で見ており、さらに今の政が、かつての紫夏の言葉を聞き届けるという演出が良かった。信の中に生きる漂のように、政のなかに紫夏の言葉は、生きているのである。
また、政の闇をアンサンブルキャストを多数使って表現する演出は、演劇ならではの面白みがあったように思う。

◆印象に残ったキャスト

【漂・嬴政役】牧島輝さん 
もともと漂/嬴政が大好きなので、ちゃんとキャラクターを再現してもらえるのだろうか、という心配を抱きながら劇場に向かった、というのが正直なところ。
結論、とっても良かった!
特に嬴政の、凛とした少年王としての佇まい、強い意志を奥底に秘めていることを感じる声の演技に魅入られた。
あまり感情の起伏のない人物であるため、ともすれば棒読みのようになりかねない台詞を、きちんと「強い意志を秘めている」ように発して演じてくださって感謝が止まらない。
重たい過去があり、修羅の道を行く彼の夢と責任は、一人の少年が抱えるにはあまりに大きい。それでも中華を統一する王たらんと突き進む姿には痛ましさすら感じるほどで、こちらの胸は引き裂かれんばかりだった……(妄想の暴走 王宮に侵入し、信がランカイと闘っているあいだの「耐え凌げば俺達の勝ちだ!」のシーンでは、いずれ傑物となるだろう人間のオーラが眩しく放たれていた。
また劇中、「フッ」と笑うだけのシーンが複数回ある。その時点での嬴政の、信に対する心の開き具合がハッキリと観ている側に伝わってきた。本物の嬴政〜!
舞台という、一切ごまかしの効かない場所で二役を演じるのはなかなか大変だったと思うのだが、政とは異なる漂の伸びやかさ、聡明さもしっかりと感じ取れて嬉しかった!
今回私が感激したのは、高野さんとの組み合わせの回であった。野生味溢れ、少年漫画主人公の化身みたいな信とのコントラストも最高。これぞ信と漂・嬴政!

【楊端和役】美弥るりかさん
「こういう楊端和様が観たかったんや!!!」
幕間、まず↑をツイートした……
美貌・美声・カリスマの塊。舞台上に一度現れたならば絶対に目が離せない、そういう華をお持ちの方。
男性の多い殺陣のなかで、刀2本を持って山の王として立ち回るのは並大抵のことではなかったと思うのだが、まったく遜色なく、むしろカッコよくて痺れてしまった。
常々、キングダムの世界に入るならどの将軍と共に戦いたいか妄想するのだが、断然、楊端和様に命を捧げたいと思っている。そして、美弥るりか様の楊端和様のためにも、私、心臓捧げられます!!
カテコのときは可憐な雰囲気で、ギャップに死んだ。楊端和様の強くてセクシーなお衣装が、ひらひら可愛いスカートに見えちゃったからね…

【紫夏役】朴璐美さん 
図抜けて芝居が上手すぎる。まだ映画では実写化されていないキャラクターだけに、朴璐美さんの紫夏を観てしまったらもうこれ以上はないのではと感嘆させられるほどの、完成度。紫夏の最高傑作。
紫夏というキャラクターは、嬴政の単なる《聖母》要素に留まらない点に魅力があると思っている。闇商として部下を束ねる才能と胆力、如才のなさ、誰からも好かれ、誰からも一目置かれる高嶺の花、そして熱い義侠心と優しい心。それらすべてを併せ持つのが、紫夏という女である。彼女のしたたかさを感じる台詞回しと、慈愛溢れるあたたかい言葉の手触り。同じ役のなかに、相反するものをこんなにも自然に同居させる演技ができるなんて凄い…舞台役者は一に声、とよく言われる。私は後方席からの観劇だったのだが、顔が見えずとも繊細な感情が克明に伝わってきて、キャラクターの解像度が段違いだった。声優もできるのに役者もできるなんて天は、朴さんに何物を与えるんだ。
自分が受けた恩を返すため、命懸けで戦う彼女に、涙が止まらなかった。あのシーン、考えてみればほぼ朴さん一人芝居のようなものである。本当は馬などいない馬車を必死に走らせ、姿の見えない敵に向かって矢を射る。なのに驚くほどの臨場感を味わえる。呼吸をするのを、忘れてしまう。紫夏の溢れ出る強い感情が完全に、広い帝国劇場を、観客の心を掌握していた。

(2023.2.25観劇)

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