固定残業代について

今回は、様々な事業主様や労働者の方からお問い合わせをいただきます、固定残業代についてです。

固定残業代制度は、定額残業制度やみなし残業制度とも呼ばれ、
様々な会社で導入されています。

今回は、制度の有効性や、
裁判例などについてご紹介していきます。




固定残業代制度とは


実際の労働時間にかかわらず、一定時間分の残業代が固定給のなかにあらかじめ含まれている制度のことです。


固定残業代は、例えば
「月給25万円、時間外労働30時間分として4万円を含む」
というような形で記載をされます。


つまり、上記の場合、
月給としては固定残業代を除いた21万円で、
それに加え、30時間までは残業してもしなくても4万円を払うという契約となっております。


労働者が記載時間より少ない残業しかしていなかったとしても、
契約している残業代は必ず支払う必要がございます。


企業としては、大体の人件費を予想することができますし、
社員としても規定された時間まで働かなくても同じ賃金がもらえるので、
正しく運用すればお互いにとってメリットがある制度となっております。




固定残業代の問題点


ただ、この固定残業代制度については、
実際には様々な理由から争いが起こることがあります。


どのような点が問題なのか、見ていきたいと思います。


1.差額精算が行われていない


先ほどお話しましたように、固定残業代制度は、一定の時間の残業時間までの残業代を先に支払い、それを超えた残業分については、追加で残業代を支払う契約となっております。
(以下、「差額精算」と呼びます)


この制度を正しく運用されている企業も多いのですが、
上記の「差額精算」を正しく行っていない事業主様が多いのも事実です。


例えば30時間分として4万円分の残業代を固定残業として先払いした場合、
30時間(または4万円)を超えて残業を行った分については、
その差額を支払う必要があります。


ただ、事業主によっては、
固定残業代制度を「定額働かせ放題制度」だと誤った認識をし、
どれだけ残業しても差額の残業代を払わない方もいらっしゃいます。


固定残業代制度は正しい運用を行って初めて有効となりますので、
上記のような運用は企業経営にとって非常に大きなリスクとなります。


2.どのような趣旨で手当が払われるのかが曖昧である


固定残業代について、
これを「固定残業代として支払う」と記載されていればいいのですが、
曖昧な記載である場合も多いです。
例えば、以下のような記載をしているパターンです。


  • 職務手当として3万円支払う

  • 営業手当として5万円支払う


この場合、支払われている手当は、
営業として外回りをすることに対する外勤手当なのか、それとも固定残業代なのか、不明瞭であるという問題があります。


後述する裁判例でも、このような運用が問題となることも多いため、注意が必要です。


3.労働時間の把握をしていない場合も


その他、そもそも労働者の働いた時間(労働時間)の把握すらも行っていない場合もあったりします。


先ほどお話した通り、
実際に働いた時間と、先払いしている時間(または金額)との差額については、差額精算を行う必要があります。


労働時間の把握をしていないというのは、
厚労省の出している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置 に関するガイドライン」に違反しており、
また差額精算も行っていない可能性が高いため、
労働基準監督署等の調査が入った際にはじめて未払い残業代が発生していることが分かり、突然多額の追加支払いが必要になるリスクがあります。


4.賃金を高く見せるために使われる


固定残業代は、求人サイトなどで自社の賃金を高く見せるためにも使われます。


実際の賃金額は21万円だったとしても、
固定残業代が4万円だった場合、それを含めて25万円として掲載することができ、通常賃金が25万円の会社と一見同じ賃金であるように見せることが出来ます。


正しく固定残業代について記載されていればいいのですが、
固定残業代があるかどうかを記載していない求人サイトであれば、
求職者が公平な条件で会社を探すことが出来なくなってしまいます。




固定残業代の有効性


では、固定残業代制度を有効的に運用する場合、
どのような点に気を付ける必要があるのでしょうか。
確認していきたいと思います。


1.対価性


固定残業代制度を導入する場合、
就業規則、または労働契約にその旨を明記する必要があります。


これを「対価性」といいます。
何に対しての対価としてこの賃金を支払うのかを明確に記載をする必要があります。


「営業手当は、時間外労働30時間分として5万円を支払う」という形です。


先ほどの「営業手当」のように、
「営業には営業手当として5万円支払う」とだけしか書かれていない場合、
固定残業代の対価とはみなさませんのでご注意下さい。


2.判別可能性


対価性と合わせて重要な要素となるのが、「判別可能性」です。


判別可能性(明確区分性と呼ばれることもあります)は、
給与の中で、「通常の賃金」と「時間外労働」にあたる部分の時間や賃金が分かるようにしておかなければならない、という考え方となります。


つまり、通常の賃金はいくら支払われていて、
その上に残業代としていくら上乗せされているかを判別できるようにしておかなければならない、ということです。


先ほどのように、「月給25万円、時間外労働30時間分として4万円を含む」という形で書かれていれば、
「通常の賃金」は21万円であり、
「時間外労働」は30時間分で4万円であることが分かるため、
問題はありません。


ただ、次のような場合はいかがでしょうか。


「月給25万円(固定残業代を含む)」


この表記だけでは、一体固定残業が何時間分あって、
月給の中にどの程度の残業代が含まれているのかが全く分かりません。
そのため、裁判になった際は固定残業制度としての有効性を否定される可能性があります。


最近は法改正などもあり、
大手求人サイトでは通常の賃金と、固定残業代にあたる部分とを分けて書かなくては掲載ができなくなりましたが、まだまだ無名の求人サイトや、企業独自の求人ページ内では判別可能性を満たしていないページが多く見受けられます。


求人ページに記載がなくても、
実際の契約書で正しく通常の賃金と固定残業代が区分されていれば構いませんが、労働者のことを考えるのであれば、求人段階から正しい記載を行うべきかとは思います。


また、どこまでの判別が必要か、という部分については、各種争いはありますがおおむね下記の通りです。


①固定残業代の金額は明示されているが、時間の明示がない場合
→月平均所定労働時間が明記されていれば、その固定残業代がいくらかが分かるため、月平均所定労働時間を併記すれば問題ありません。


②時間は明示されているが、固定残業代の金額は明示されていない場合
→こちらも月平均所定労働時間が併記されていれば何時間分かは計算が可能です。

例えば「基本給30万円には、20時間分の残業代が含まれている」という記載で、月平均所定労働時間が164時間だったとすれば、以下の計算式で算出が可能です。

・(30万円ーX円)÷164時間=Y円 …1時間あたりの基礎単価
・Y円×1.25×20時間=X円     …固定残業代の部分の額

これを計算するとYが1,587円となり、
固定残業代であるXは39,675円となります。


上記①②ともに月平均所定労働時間が併記されていれば固定残業代の算出は可能ですが、労働法に疎い労働者でも分かるよう、時間と金額を併記するべきかとは思います。


3.その他の要素


その他、固定残業代が有効とされる要素として、以下の要素があります。

  • 固定残業代に組み込まれる労働時間が長すぎないか

裁判例の中には、固定残業代の中に80時間分という過労死ラインの固定残業代が組み込まれている企業の固定残業代制度が、その他の要素も踏まえ、公序良俗に反するものとして無効と判断されたものがあります。


  • 固定残業代の中に、どの割増賃金が含まれているかを明確にする

固定残業代の記載をする際に、「残業代として30時間分〇〇円を含む」というような記載の場合、どの残業代で支給しているのかが分かりません。
(時間外労働・休日労働・深夜労働など)

この場合、前述の「対価性」「判別可能性」の観点から、争いになることがありますので、どの割増手当として支給しているのかを明確に記載すべきでしょう。


  • 固定残業代に組み込まれている残業時間と実際の残業時間に大きく乖離がないか

通常の時間外労働が平均10時間ほどであるにも関わらず、
固定残業代を60時間分として支給するような場合です。

実際の時間外労働に対する割増賃金を大きく超える手当を支払い続けることには、使用者にとって何のメリットもないはずであるため、時間外労働に対する対価ではなく、別の趣旨の手当ではないかと考えられるためです。

上記のような場合にも、対価性が失われる可能性があります。




固定残業代制度が無効と判断された場合


裁判などにより、固定残業代の有効性が否定された場合、どのような対応が必要になるのでしょうか。


一般の方であれば、「既に支払っている分の金額との差額を支払えばいいんじゃないか」と考える方も多いでしょうか、実際はそうではありません。


どのような態様で固定残業代を設定していたかにもよりますが、
固定残業代の有効性が否定された場合、
これまで払ってきた固定残業代は、「別の趣旨の手当である」という判断がなされ、「これまで働いた分の残業代は一切支払われていない状態である」とされます。


つまり、事業主様は、これまで払ってきた固定残業代を含めた給与を「通常の賃金」として、その金額に則って残業単価を計算し、その単価に実際に残業した時間分を乗じた額を払わなくてはなりません。


そのため、場合によっては数百万円以上に上ることもあり、
複数人となれば、数千万円にも膨れ上がることもあります。
(このような場合、一般的には判決を待たずに、口外禁止条項を付けて和解を行うことが通常です)


固定残業代の正しい運用は企業経営にとっても重要な課題であることがお分かりいただけたかと思います。




固定残業代導入には正確な知識と運用が必須です


これまでご説明した通り、固定残業代の導入には正確な知識と、それを運用していく仕組みが必要となります。


まずは対価性を満たすために就業規則等に正しく記載を行い、
明確区分性やその他要素をクリアするために、妥当な金額の設定や運用を行っていくことが大切です。
導入に際しては、必ず専門家にご相談下さい。


弊所は、労働法の専門家である社会保険労務士として、
固定残業代の導入や運用、金額や条件などの見直しも含め、
様々な制度設計を得意としております。


まずはお気軽にご相談ください。




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